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熊野古道紀伊路
(雄ノ山峠~潮見峠)

 
山口王子~力侍神社 川端王子~伊太祈曽神社 菩提房王子~橘本王子 所坂王子~山口王子 宮原の渡し~久米崎王子 河瀬王子~高家王子 道成寺~塩屋王子 切目王子~岩代王子 潮見峠 闘鶏神社~高山寺

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熊野古道紀伊路とは

ここでは、京都・大阪と熊野を結ぶ紀伊国の主要街道として長い歴史と多くの文化遺産や伝説、そして豊かな自然景観、文化的景観に富む「熊野古道紀伊路(雄ノ山峠~潮見峠)」を紹介します。

紀伊路とは「紀路」とも呼ばれ、本来は紀伊半島西部から熊野三山に至る、熊野古道すべてを指します。近世以降、高野山と熊野本宮を結ぶルートを「小辺路」、田辺市から東に分岐して熊野三山に向かうルートを「中辺路」、田辺市から海岸部を南下するルートを「大辺路」とそれぞれ呼ぶようになりました。

ここで紹介する「紀伊路」は、熊野信仰が栄える以前から飛鳥や奈良の都より天皇が紀の温湯へ行幸した街道でもあり、沿道で詠まれた歌が数多く、万葉集に収められています。これらの歌から、当時は海路も併用していたことがうかがえますが、平安時代以降に始まる皇族や貴族の熊野詣ではほとんど陸路を歩いたものと思われ、雄ノ山峠、藤白峠、拝ノ峠、鹿ヶ瀬峠など、和歌山市から有田郡にかけて険しい山越えを経て、日高郡から現在の国道42号やJR紀勢本線と並行もしくは重複する海岸ルートを南下しました。

熊野古道紀伊路を歩くことはすなわち、熊野信仰の跡を訪ねるだけでなく、全国屈指の文化財の宝庫である和歌山県の歴史そのものをたどる旅であるとともに、万葉集、あるいは平家物語など日本の代表的な文学作品の舞台をたどる旅でもあります。かつていにしえびとが難行苦行を重ねながら歩き続けたこの道を、そのような視点からもう一度見つめてみたいものです。

熊野古道紀伊路