現在表示しているページ
ホーム > 新・紀州語り部の旅 - 参詣道編トップページ > 熊野古道用語チェック

熊野古道用語チェック

 

熊野古道

京都・鳥羽離宮(城南宮)から淀川を舟で下り、大阪天満橋から四天王寺を経由し往復約1ヶ月をかけて紀伊半島西部を南下して熊野三山を目指した公式の参詣道で、平安時代から鎌倉時代にかけて上皇や貴族、近世には武士や一般庶民の参拝者でにぎわいました。

中辺路

京都からおもに海岸線を伝ってきた熊野古道は、和歌山県田辺市から熊野三山まで紀伊半島の内陸部を横断するルートをたどります。この道は中辺路と呼ばれ、自然林をかきわけ、山々の尾根筋をよじ登るような険しい道が続きます。

熊野九十九王子

熊野古道の道沿いに点在した神社で、熊野三山の遥拝、休息の場となりました。 この中でもとりわけ格式の高い王子社は「五体王子」と呼ばれ格別に崇拝されました。

熊野権現

平安時代以降、熊野三山の神々は仏と一体であるという信仰が広まりました。 神は仏が権(か)りの姿で現れた、とする権現(ごんげん)思想です。このため、熊野の神々は「熊野権現」と呼ばれるようになりました。 熊野本宮大社の神は阿弥陀如来、熊野速玉大社の神は薬師如来、熊野那智大社の神は千手観音菩薩がそれぞれ本来の仏=本地仏(ほんじぶつ)であると考えられました。

熊野三山

古代から神々の聖地としてあがめられた熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社は平安時代初期から相互に他の2社の神々も祀るようになり、「三山」として一体の信仰が始まりました。