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観音巡礼の面影を遺す石畳道
果無越え、ろくろ峠越え

円通律寺(えんつうりつじ)

(県史跡)
円通律寺

奥の院一の橋手前の高野山蓮花谷の南600mの山中にある真言宗の僧侶を目指す人々の修行寺院で、現在も女人禁制、特別に用事のある人以外は立ち入り禁止という、厳格な規律を守っています。

この寺院は弘法大師の甥で天台宗の智証大師が修行した跡と伝わり、東大寺再建で有名な俊乗坊重源上人が荒廃したこの地に専修往生院を建立しました。
後に再び荒廃を極め、江戸幕府二代将軍・徳川秀忠の側近、山口修理亮重政が登山、出家して智証大師、重源上人の旧跡を慕ってお堂を再興し、密教と律宗の兼学道場となりました。現在は高野山真言宗の修行寺院ですが、律宗を兼ねて学んだ当時の名残りで寺号に「律」の字がそのまま残っています。

山門の前は現在、薄暗い杉林になっていますが、重源上人が活躍した時代は、一帯に念仏聖が無数に庵を構えていたそうです。