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幸村の名を
全国に轟かせた戦場

徳川20万の兵に対し、豊臣10万。
圧倒的な兵数の差に、戦略と戦術で奮戦。
戦国最後の合戦「大坂の陣」で幸村は、「日本一の兵」としてその名を全国に轟かせた。

慶長19年(1614)の大坂冬の陣で、幸村は城の中でも守りの手薄な南側に徳川勢が進攻すると察知し、そこに出丸を築いて兵を引き付けるという策に打って出た。これが世に言う「真田丸」である。

大阪城天下を統一した豊臣秀吉の居城は
戦国時代最後の戦いとなった「大坂の陣」の舞台となった
(大坂城)

戦国時代、この地に石山本願寺と呼ばれる大寺院が隆盛を誇ったが、天正8年(1580)、織田信長に屈し伽藍は焼失。その3年後、秀吉が跡地に築城を開始し、大城郭となった。大坂の陣で徳川に攻められて落城した後、幕府によって再築される。天守閣は江戸時代の落雷によって焼失していたが、昭和6年(1931)に市民の熱意によって復興された。

天守からの眺め

真田丸があったとされる南側の展望。

大阪城内部

天守閣は貴重な文化財を収蔵する博物館施設。3、4階の展示室では展覧会を開催。

再築された大阪城

徳川幕府による大阪城再築は、秀吉の痕跡を一切なくし、石垣の基盤造りから行われた。

所在地:大阪市中央区大阪城1-1
TEL:06-6941-3044
開館時間:9:00~17:00(入館は閉館の30分前)
休館:年末年始(12月28日~1日1日)
料金:大人600円、中学生以下無料(要証明)
交通:JR大阪環状線「大阪城公園駅」から徒歩約15分

三光神社大坂城から真田丸まで通じていたとされる
地下の抜け穴跡へ

大阪城から南へ約800m、丘陵の真田山付近に鎮座。天照大神(アマテラスオオミカミ)と月讀尊(ツクヨミ)、素戔嗚尊(スサノオ)の三柱を祀り、中風除けの神として知られる。またこの地は真田丸の一部とも考えられる。

第二次世界大戦の戦火をくぐり抜けた片柱の鳥居の階下。大坂城と地下道でつながっていたと伝わる「真田の抜穴跡」がある。

抜け穴跡の脇には、采配を高々と上げている幸村の陣中指揮姿の銅像

所在地:大阪市天王寺区玉造本町14-90
TEL:06-6761-0372
境内自由/拝観無料
交通:JR大阪環状線「玉造駅」から徒歩約5分

安居神社慶長20年(1615)大坂夏の陣にて
無念の最期を遂げた地

天王寺区の茶臼山のそば、少彦名神と菅原道真を祀る古社。大坂夏の陣で幸村が戦死した場所といわれている。最後の決戦として果敢にも徳川の本陣に乗り込み、互角以上に渡り合うも家康本人を討ち取ることができず、境内の一本松の下で無念の最期を遂げたとされる。

境内には幸村戦死の地と伝える石碑が建つ。隣には、兜をとり、休息している幸村の座像(©播間公次)

石碑の後方、幸村が休息していたといわれる「さなだ松」は現在2代目。

所在地:大阪市天王寺区逢阪1-3-24
TEL:06-6771-4932
境内自由/拝観無料
交通:地下鉄谷町線「四天王寺前夕陽ヶ丘駅」から徒歩約5分

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