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日本書紀古事記わかやま記紀の旅 ~古事記・日本書紀からたどる和歌山の旅~
淡嶋神社(あわしまじんじゃ)

淡嶋神社
鎮座地(住所)
和歌山市加太116
祭神(主祭神)
少彦名命
大己貴命
息長足姫命
TEL
073-459-0043
詳細
淡嶋神社

記紀との関連

古事記
  • 伊耶那美命(イザナミノミコト)が水蛭子(ヒルコ)と泡嶋(アワシマ)をお産みになった。【伊耶那岐命(イザナギノミコト)と伊耶那美命】
  • 少彦名命(スクナヒコナノミコト)が国造りを終えて、粟島から常世の国へ渡っていった。【大国主神(オオクニヌシノカミ)の国造り】
日本書紀
「三韓征伐」の帰途、海上で突然の嵐に遭遇した神功皇后が船中で祈りを捧げたところ、無事に友ヶ島に入港できたため、持ち帰った宝物を奉納した。その数年後、神功皇后の孫である仁徳天皇が友ヶ島に狩りに来た際に、島にあった社を今の地に移した。【摂政元年2月】

記紀にまつわる物語

淡嶋神社淡嶋神社

「古事記」によると、伊耶那岐命(イザナギノミコト)と伊耶那美命との間に産まれた2番目の神が泡嶋である。この泡嶋が、友ヶ島のことを指しているという説があるとともに、当社のご祭神である少彦名命(スクナヒコナノミコト)が大国主命(オオクニヌシノミコト)とともに国造りを行い、やがて常世(トコヨ)の国に渡って行った場所も「粟島(アワシマ)」であることから、「古事記」に縁の深い地であると伝えられている。

また、「日本書紀」には、神功皇后が三韓出兵からお帰りの際の記述がある。瀬戸の海上で激しい嵐に出会い、沈みそうになる船の中で神に祈りを捧げると、お告げがあった。その通りに船を進めると、たどり着く事が出来たのが、友ヶ島である。その島には、少彦名命と大己貴命が祭られていて、皇后さまは助けてくれたお礼の気持ちを込めて、持ち帰ってきた宝物をお供えになった。

その後、神功皇后の孫にあたられる仁徳天皇が友ヶ島に狩りに来られ、これらのいきさつをお聞きになった。そこで、島では何かとご不自由であろうと、お社を対岸の加太の地に移され、ご社殿をお建てになったのが、加太淡嶋神社の起こりとされている。

みどころ
雛祭

雛祭(ヒナマツリ)
(3月3日)

2万体とも言われるひな人形が奉納される神社としても有名な当社。ご祭神である少彦名命と神宮皇后の男女一対の御神像が"男びな・女びな"に始まりであり、友ヶ島から加太への御遷宮が3月3日であったため、雛まつりはこの日になったと、由緒で伝えられている。毎年3月3日には、白木の舟に人形を乗せて加太の海に流す「雛ながし」の神事が行われる。
針祭

針祭(ハリマツリ) 〔針供養(ハリクヨウ)
(2月8日)

祭神の少彦名命は、裁縫の道を初めて伝えた神様であることから、当社では「針祭」が行われている。一年の間に納められた針を本殿にて祓いを受けた後、針塚に納め、塩をかけ土に返すことで、針の労をねぎらい、今後の上達を祈る祭りである。

交通

鉄道 南海電鉄加太駅より徒歩15分
阪和自動車道和歌山ICより車で40分
駐車場 あり