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日本書紀古事記わかやま記紀の旅 ~古事記・日本書紀からたどる和歌山の旅~
水門吹上神社・神武天皇男水門顕彰碑
(みなとふきあげじんじゃ・じんむてんのうおのみなとけんしょうひ)

水門吹上神社
鎮座地(住所)
和歌山市小野町2-1
祭神(主祭神)
御子蛭兒神
大己貴神
TEL
073-422-7007
詳細

記紀との関連

古事記
紀国に迂回した時、天皇の兄・五瀬命が男之水門(雄湊)で雄叫びをあげて崩御され、竈山に葬る。【神武東征】
日本書紀
紀伊国に迂回した時、天皇の兄・五瀬命が雄水門で雄叫びをあげられた後、竈山の地で薨去される。次いで、名草邑で名草戸畔を誅する。【神武東征】

記紀にまつわる物語

水門吹上神社神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイハレビコノミコト)【神武天皇】の東征の際に、兄の五瀬命(イツセノミコト)が長髄彦(ナガスネビコ)の軍勢が放った流失に当たり、負傷された。『古事記』では傷を受けた手からの出血が甚だしかったため、また、『日本書紀』では肘に受けた傷がひどく痛んできたために、五瀬命は雄叫びして崩御されたと記されている。

『古事記』では、五瀬命が雄叫びして崩御されたのは「男之水門」であると記述されているが、それはこの地であると伝えられ、境内には、神武天皇を顕彰する碑がある。

みどころ
神武天皇聖蹟男水門顕彰碑

神武天皇聖蹟男水門顕彰碑
(ジンムテンノウセイセキオノミナトケンショウヒ)

境内にそびえ立つ顕彰碑には、神武東征の際に、男水門で五瀬命が薨去された様子と、男水門の名称の由来が刻まれている。なお、碑が大きく欠けているのは、太平洋戦争時の戦火によるものである。

十日えびす

十日えびす
(正月9日、10日、11日)

当社は、二柱の福の神を祀る全国でも珍しい神社で、紀州の十日戎祭発祥の社として有名である。

また、「のし飴」も当社が発祥の物であり、これは紀州独特のものでもある。

交通

鉄道 南海電鉄和歌山市駅より徒歩8分
阪和自動車道和歌山ICより車で16分
駐車場 なし

関連情報

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