花粉症も邪気も吹き飛ばす“秘境”北山村へ。
~“日本唯一”が3つもある山あいの小さな村~
三重と奈良にすっぽりと囲まれ、和歌山県内の他市町村と接していない日本で唯一の“飛び地”の村、和歌山県北山村。人口約380人、面積の93%が山と森に抱かれた自然の中で、ここにしかない暮らしが静かに息づいています。幻の柑橘「じゃばら」や、全国で唯一の「観光筏下り」など、土地の恵みを活かした文化が根付く、誇り高い秘境を訪ねてみませんか。

北山村はどうして飛び地なの?
和歌山県北山村は、奈良・三重に囲まれた全国唯一の“飛び地”の村。1871年(明治4年)、廃藩置県で新宮が和歌山県に編入されると、木材を筏で運ぶなど経済的つながりが深かった北山村の住民が「自分たちも和歌山へ」と願い出て、希望が認められ和歌山県に編入されました。当時は多くの住民が筏師で、新宮木材業者との共存共栄の関係があったのです。さらに、1889年(明治22年)には周辺5村が合併して北山村が誕生し、平成の大合併でも他市町との合併を選ばず、独立を守り続けてきました。ふるさとの誇り、自然と共に歩んできたその歩みは、まさに北山村の原点です。
良質な杉に囲まれる自然豊かな村
面積が約48平方kmという小さな村「北山村」。村の93%を深い山林が占め、中央を清らかな北山川が流れています。深い森や険しい渓谷などの自然や飛び地という特殊な環境が、他にはない資源を育み残してきたのかもしれません。中でも良質な北山材は、古くから村の林業を支え、伐り出された木材は筏に組まれ北山川の河口のまち新宮へと運ばれました。当時の村には多くの筏師が暮らし、国内最大級の筏師集団を成していたといいます。過酷な運搬作業は、命を懸けた筏師たちの熟練の技に支えられ、村の主要産業として600年以上続けられてきました。伏見城や大阪城の築城にあたって、北山川で流された木材が使用された記録もあるほど。このように、北山村では林業とともに生きる文化が根づいてきました。自然と人の営みが密接に結びついたこの地では、今もその精神が息づいています。平成の大合併を経ても独立を貫いたのは、この村が自然と共に生きる“意志”を持っているからかもしれません。そして、今も変わらず、北山村には静かな力強さと誇りが宿っています。
邪気を払う、幻の柑橘「じゃばら」
じゃばらは、ゆずやダイダイ、カボスの仲間にあたる香酸柑橘で、北山村原産の自然交配種。江戸時代から自生していた柑橘類が自然に掛け合わさって誕生したとされ、日本で自生していたのは全国で唯一、北山村だけです。飲めば鬼も逃げ出すほどの強い酸味から「邪気を払う」というところから名付けられ、秋祭りや正月に振る舞われる郷土料理「さんまずし」に欠かせない縁起物として受け継がれてきました。香り高く、個性的な酸味が魅力のじゃばらは、他の地域では広まらなかったこともあり、“幻の果実”とも呼ばれています。
じゃばらが北山村の特産品になったのはどうして?
じゃばらは古くから北山村に自生していたものの、長らく注目されていませんでした。1977年、村民の福田国三氏がその独特な風味と可能性に目をつけ、特産品としての栽培に取り組み始めます。栽培は順調に進みましたが、知名度や流通面の課題から販路が伸び悩み、在庫を抱える状況が続きました。転機となったのは2001年。インターネット通販の普及と、花粉症などアレルギー抑制効果が学会で発表されたことにより、一気に注目が集まります。こうして、じゃばらは名実ともに北山村を代表する特産品となりました。
【じゃばら農家・東さんにお話を聞きました】
毎朝のじゃばら果汁が元気の源
「初めて飲んだときは、その酸っぱさに驚きました。だけど、逆に“元気が出る味”で、今では毎朝じゃばら果汁を加えたスムージーを飲んでいます。おかげで風邪もひきにくいんです(笑)」そう話すのは、北山村で長年じゃばらに携わる東さん。おすすめの商品は、じゃばらの風味を存分に感じられるポン酢。お子さんにはまろやかな甘みのジュースを、大人には焼酎をじゃばら果汁で割って楽しむスタイルも人気です。いずれの商品も皮ごと使うため、農薬の残留検査は厳しく行われるんだとか。「収穫の15日前に検査し、基準を超えたものは出荷できません。だから3ヶ月前には農薬の使用を控え、葉の様子を見ながら手作業で虫を取ってるんです」自然の恵みと人の手間が詰まった果実、それが北山村のじゃばらです。
じゃばらは花粉症対策に効果が?!
長年売れ行きに苦戦していたじゃばらが注目されたのは、「花粉症の症状が楽になった気がする」という購入者の声。実際にその時集計したアンケートには、「花粉症に効果があった気がする」と約半数の人が回答しました。「村の中にも花粉症の症状が重い方がいましたが、じゃばらの果汁を飲み続けると病院に行かなくても良くなったと聞いたことがあります」と東さん。和歌山県工業技術センターから、フラボノイドの一種である“ナリルチン”が他の柑橘に比べて桁違いに多く含まれていることが研究発表され、信憑性のある根拠として広まりを後押ししました。北山村役場・橋爪さんも子どもの頃は花粉症に悩んでいましたが、「毎日じゃばらの原液を飲んでいたら、気づけば症状が改善されていました」と話します。そんな実感の声に後押しされて、いまや“花粉症対策に試したい食べ物”として広まっています。
伝統産業から生まれた「北山川観光筏下り」
北山村の文化であり、伝統産業でもあった「筏流し」を後世に残そうと1979年(昭和54年)に蘇らせ始まったのが、「北山川観光筏下り」。かつての切り出した木材を新宮へ運ぶための技術を活かし、全長30mの筏を熟練の筏師が人力で操ります。吉野熊野国立公園の神秘的な景観と、南紀熊野ジオパーク登録エリアである北山峡のV字型地形がつくる迫力ある絶景の中を進むダイナミックなコースは、まさに圧巻です。そんな観光筏下りは、運航期間が限られているにもかかわらず、今では約8,000人が訪れる人気アクティビティに。さらに単なるアクティビティではなく、かつての日本の林業文化を体感できる“生きた文化遺産”で、和歌山県内では唯一、「林業遺産」として登録されているのです。自然と人の技が融合した伝統の迫力は、ここでしか味わえない、特別な体験です。
筏に乗って歴史と自然、地域のドラマを旅する
運航期間は毎年5月から9月までの限定。乗船当日は、北山村の「道の駅おくとろ」から専用バスで出発地点へ向かい、そこから全長約6km・約70分の川旅が始まります。
「オトノリ」や「上滝」などスリル満点の急流スポットに加え、渓谷美と静けさに包まれた癒しのエリアもあり、スリルと安らぎのバランスが絶妙。川とともに生きてきた村の物語を、身体で感じる時間です。
北山川が長い年月をかけて形づくったV字型の地形を、筏がすべるように下っていき荒々しい岩肌や緑の山々の風景が目の前に迫ります。筏師たちの熟練の技に身を委ねながら、まるで時間旅行をしているかのような感覚に包まれます。
この伝統の筏下りを支えているのは、わずか16名の“現代の筏師”たち。彼らはシーズン中、自然と向き合いながら丸太筏を操り、訪れる人々に安全でダイナミックな体験を届けています。
そして実は、オフシーズンには、じゃばら農園での作業や、林業、村のインフラを支える仕事に従事。観光業と地域の日常生活の両方を担う、まさに“北山村の縁の下の力持ち”なのです。
【北山村役場 企画振興課・橋爪さんにお話を聞きました】
全国で唯一のアクティビティを世界に発信
日本で唯一、北山村だけで体験できる「北山川観光筏下り」は、急流と静けさが交差する約70分のアクティビティ。「季節や天候によって運行が左右される難しさもありますが、SNSでの発信を通じて若い世代や海外からの来訪者も増えています。スリルと感動、そして筏師の技を一度体験してもらえたら、きっと北山村のファンになってもらえると思います」そう語るのは北山村役場・橋爪さん。累計乗船者数25万人の達成を目指し、観光筏下りを次の世代へつないでいきます。
【筏師・大野さんにお話を聞きました】
600年の歴史で初の女性筏師を目指して
「簡単そうに見えて、実際はまったく違いました。でも、だからこそ“やってやろう”って火がついたんです」そう語るのは、北山村で筏師を目指して修行している大野さん、22歳。約600年続く筏文化の中で、初の女性筏師になることを目指しています。地元・新宮市でジムのトレーナーをしていましたが、「体を動かしながら人と関われる、やりがいのある仕事がしたい!」と思い見つけたのが観光筏下りの求人。男性ばかりの職場だと知りながら、社長に「女性でもできますか?」と直接問い合わせました。母と乗った筏体験で心をつかまれ、現在は見習いとして、急流の操り方や風の読み方を体で覚える日々。「いつか“先乗り(先頭に乗る筏師)”になって、“女性でもかっこよく操れるんだ”と思ってもらえる存在になりたいです」と、力強く目標を語ってくれました。
大野さんが感じる観光筏下りの魅力とは?
「毎回、違う表情を見せてくれる自然のすごさを日々体感しています。9ヶ所ある急流は、それぞれ流れ方が違い、風向きを読むのが難しいです」筏師として北山川と向き合うなかで、大野さんが感じているのは、大自然の力強さと、それに寄り添うように進む筏下りの奥深さ。「その反面、急流を越えたあとの静けさ、鳥のさえずり、時に野生動物の姿にも出会える。そんな瞬間が、この仕事と北山村の魅力です」。シーズンオフにはじゃばらの収穫も手伝い、北山村と深く関わる日々。「私と同年代の若い世代にも、きっと北山村の自然を気に入ってもらえると思います」。自然の中で生きる力を感じながら、村の魅力を伝える担い手としての歩みを進めています。
筏の終点で、もうひとつの癒し「おくとろ温泉」
観光筏下りを終えたあとは、「道の駅おくとろ」に併設された「おくとろ温泉」でひと休みしてはいかがですか。
露天風呂からは北山川のダム湖を見下ろすことができ、自然の余韻を感じながら、ゆったりと体を癒せます。
また、前述の「じゃばら」を使ったお土産やドリンク、地元産のジビエなど、ここでしか手に入らない味覚との出会いも。旅の締めくくりにぴったりのスポットです。
飛び地の村で、とびきりの自然体験を。
深い山々と清流に抱かれ、自然と共に生きる暮らしが今も息づく北山村。山に囲まれたこの小さな村には、大きな魅力が詰まっています。全国的にも珍しい“飛び地”という土地柄を持ち、その風土を生かして、じゃばらや筏下りといった独自の文化を育んできました。ダイナミックな自然と出会える道中もまた、旅気分を高めてくれるはず。この夏は、少し足を伸ばして北山村へ。ここでしか体験できない時間と思い出が、きっとあなたを待っています。
- ヤマザキショップ「じゃばら屋」
- おくとろ温泉「やまのやど」に併設された、村唯一のコンビニ&お土産店「じゃばら屋」。お弁当や日用品など、村民の暮らしに寄り添う商品に加え、北山村特産のじゃばらを使った加工品や、収穫時期には希少な果実そのものも並びます。さらに、筏師が使用する竹笠やオリジナルの筏印グッズなども揃い、地元の魅力がぎゅっと詰まったお店です。
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- 北山川観光筏下り/北山村観光センター
- 道の駅おくとろ内にある「北山村観光センター」は、日本で唯一の「観光筏下り」の受付・出発場所。乗船には事前予約が必要です。全長30mの丸太筏に乗り、熟練の筏師が伝統の技で操る姿を間近で体験できる、迫力満点の川下り。和歌山・三重・奈良、三県をまたぐ北山川の絶景とともに、村の歴史や文化を肌で感じられる、北山村ならではの体験型観光スポットです。そのほか、じゃばら商品等の販売や「北山川観光筏下り」の体験ができるVRコーナーもあります。
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