話題の大河ドラマ「豊臣兄弟!」――和歌山に刻まれた兄弟の軌跡

天下統一を成し遂げた豊臣秀吉と、その右腕として政権を支え続けた弟・秀長。今年放送が開始した大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、これまで表舞台に立つことの少なかった“弟の視点”から、戦国史が描かれています。


和歌山にも豊臣家ゆかりの場所があります。真言密教の聖地・高野山には豊臣家墓所があり、そして和歌山城は秀長が兄・秀吉の命を受けて築きました。ここには、豊臣兄弟がどのように国を治め、どのような未来を思い描いていたのかを知る手がかりが残されています。


祈りの山から城下町へ。和歌山に点在する史跡を巡りながら、兄弟が見据えていた「天下のかたち」を辿る旅に出かけてみませんか。

話題の大河ドラマ「豊臣兄弟!」――和歌山に刻まれた兄弟の軌跡

世界遺産・高野山のシンボル

時を超えて祈りが息づく高野山。その入口にそびえる大門は、俗世と聖域を隔てる結界ともいえる存在です。朱塗りの柱と仁王像の圧倒的な迫力に、ここから先が特別な場所であることを、訪れる人々は自ずと感じます。境内の中心に立つ根本大塔は、高野山真言密教の世界観を象徴する建造物。その壮麗な佇まいは、幾度の焼失と再建を経ながらも、高野山の信仰の象徴として受け継がれてきた歴史を感じさせます。

豊臣家と深く結ばれた高野山の中枢

高野山の中心に位置し、高野山真言宗の総本山である金剛峯寺。高野山信仰の中枢を担う存在として、山内百余の寺院を統括しています。


金剛峯寺と豊臣家の関係は深く、寺の前身となったのが、豊臣秀吉が母・大政所の菩提を弔うために建立した「青巌寺(せいがんじ)」でした。明治維新後、青巌寺は隣接する興山寺と合併し、現在の総本山・金剛峯寺として再編されました。境内に残る「柳の間」は、秀吉の甥・豊臣秀次が自刃した場所として知られる一室。栄華の裏側にあった悲劇の記憶が静かに刻まれ、豊臣政権の光と影を今に伝えています。


金剛峯寺を訪れることで、高野山という聖地の成り立ちと、豊臣家がこの地に託した祈りと権力の歴史が、より鮮明に浮かび上がってきます。

奥之院に眠る豊臣家の人々

高野山の最奥に広がる奥之院は、今も祈りが続く、信仰の終着点ともいえる場所です。今なお祈りが絶えることのないこの地には、時代を超えて多くの人々の想いが重なり合うように、名だたる武将や歴史的人物の墓所や供養塔が並びます。


奥之院を進むと、杉木立の奥に静かに佇む豊臣家の墓所。その中心に据えられた秀吉の墓の隣には、弟・秀長の墓も置かれています。秀吉の天下統一を陰で支え、政権運営や地方統治に尽力した秀長は、“穏健”“調整役”と評される人物でした。計算高い行動で着実に出世する兄・秀吉とは対照的に、戦の最前線に立つよりも、国を安定させることに心を砕いた弟・秀長。その生き方は、華やかな戦国史の裏側にあった、静かな覚悟と責任を感じさせます。

杉木立に包まれた墓前に立つと、祈りと政治が密接に結びついていた当時の空気が、今もなお漂っているかのようです。

【高野山霊宝館館長・大森照龍さんにお話を聞きました】
豊臣兄弟と高野山をつないだ僧・木食応其(もくじきおうご)

戦国の動乱の中、豊臣秀吉は紀州平定のため、根来寺や粉河寺を焼き討ちし、高野山攻めも目論んでいました。その際に秀吉との交渉に関わった僧が、木食応其(もくじきおうご)です。文人であった応其は、武力ではなく対話を重ねながら、山の存続を支えた人物とされています。天下人・豊臣秀吉に「高野山の木食と思うな、木食の高野山と思え」と言わしめた応其は、政権と高野山をつなぐ役割を担い、高野山の興隆に貢献したのです。


霊宝館に残る資料からは、権力と宗教が緊張関係にあった時代に、言葉と信念で山を守ろうとした応其の姿が浮かび上がります。

高野山の歴史を語るうえで欠かせない、静かなキーパーソンの一人です。

手のひらで味わう高野山の余韻

参拝を終えたあとは、「高野山デジタルミュージアム」に併設された高野山café雫で、ひと息。木の温もりに包まれた空間でいただくコーヒーや甘味は、歩き疲れた体をやさしく癒してくれます。


なかでも人気なのが、「自分で作るこうやくん最中」(680円)。高野山の公式キャラクター・こうやくんをかたどった最中に、あんこを自分で詰めて仕上げる体験型の一品です。さくっとした皮に、ほどよい甘さのあんこが重なり、素朴ながらも心に残る味わい。


歴史と祈りに触れたあとの余韻を、自分の手で重ねていくようなひととき。高野山らしい静かな時間に、そっと寄り添ってくれる一軒です。

金剛峯寺
0736-56-2011
8:30〜17:00(最終受付16:30)
伊都郡高野町高野山132
年中無休
金剛峯寺
高野山café雫
伊都郡高野町高野山360
0736-26-8571
11:00~16:00
冬期不定休
高野山café雫

豊臣兄弟が築いた西国支配の要衝

天正13(1585)年、紀州を平定した羽柴(豊臣)秀吉は、弟・秀長に命じて和歌山城を築かせました。紀の川河口に近い岡山(現在の虎伏山)に城を置いたのは、海と川を押さえ、西国を統治するための戦略的判断だったと考えられています。


秀長は大和郡山を本拠としたため、和歌山城には城代として桑山重晴が置かれ、築城と城下整備が進められました。山上を中心とした初期の和歌山城は、現在北側にある大手門(一の橋)ではなく、東側の岡口を大手とする構えで本丸部分を中心に築城が進められたと考えられています。


祈りの地・高野山に豊臣家の墓所を残す一方で、政治と軍事の拠点として築かれた和歌山城。ここには、兄・秀吉の天下構想を現実の支配へと落とし込んだ、弟・秀長の手腕が色濃く刻まれています。

石垣が語る豊臣期和歌山城の面影

和歌山城を歩いてまず目に留まるのが、自然石を巧みに積み上げた石垣の数々です。初期の石垣には、加工を最小限にとどめた「野面積み」が多く用いられ、築城当初の姿を今に伝えています。


なかには、仏塔や建築部材を再利用した「転用石」も確認され、短期間で築城が進められた当時の事情をうかがわせる痕跡も。現在の和歌山城の石垣は、豊臣・桑山期から浅野期、徳川期と、時代ごとの違う姿を見ることができます。


天守へと続く道すがら石垣を見比べてみると、積み方や石の表情の違いがどんどん見えてくるでしょう。西国を制する視点で築かれた豊臣政権の城づくりを感じながら、散策してみてください。

和歌山城
和歌山市一番丁3
073-422-8979(和歌山城天守閣)
9:00〜17:30(入場は17:00まで)  
年末年始
和歌山城
わかやま歴史館
和歌山城公園内
073-435-1044(和歌山城整備企画課)
9:00~17:30(入場は17:00まで)
年末年始
わかやま歴史館

城歩きの余韻を味わうお天守茶屋

和歌山城の散策を終えたら、天守閣近くに佇むお天守茶屋でひと休み。観光の合間に立ち寄れる気軽さも魅力です。おすすめは、茶屋で手作りされる「お天守団子」(350円)。素朴な甘さとやさしい口あたりが、城歩きでほどよく疲れた体にうれしい。石垣や天守閣を眺めながら静かなご褒美時間を過ごしませんか。

お天守茶屋
和歌山市一番丁3天守閣前
073-488-7640 
10:00~16:00
年中無休
お天守茶屋

和歌山に残る豊臣兄弟の足跡を巡って


大河ドラマ「豊臣兄弟!」で描かれるのは、天下人・秀吉と、その政権を陰で支えた弟・秀長の物語。その足跡を今に伝える舞台のひとつが、和歌山です。

高野山では、秀長が眠る奥之院をはじめ、豊臣家と深く結ばれた祈りの歴史に触れることができます。一方、和歌山城では、秀吉の構想を現実の統治へと落とし込んだ秀長の手腕を、石垣や城の構えから感じ取ることができるでしょう。

ドラマの世界を思い浮かべながら史跡を巡れば、物語は画面を越えて立体的に立ち上がります。実際にその地に立つことで、豊臣兄弟が築こうとした「天下のかたち」が、より鮮明に見えてくるかもしれません。



豊臣家ゆかりの地「高野山」を旅する動画はこちら

ユーチューバー「ななな」さんが、聖地・高野山に残した豊臣の痕跡を巡る歴史旅

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