万葉の風景が息づく海辺 和歌の浦
〜日本遺産「絶景の宝庫」を歩く旅〜

山と海と空がゆるやかに重なり、潮の満ち引きとともに表情を変える和歌の浦。ここは万葉の時代から人々の心をとらえ、歌や物語に刻まれてきた場所です。

いまもなお、風景の奥に見えてくる“時間の層”。万葉の歌に残された風景をたどりながら、和歌の浦の趣深い魅力を探ります。

この地を深く味わう鍵は、自分の足で歩くこと。万葉の聖地を、歩いて巡ってみましょう。

万葉の風景が息づく海辺 和歌の浦〜日本遺産「絶景の宝庫」を歩く旅〜

“絶景の宝庫”と呼ばれる1300年の景観「和歌の浦」

玉津島神社の背後にある奠供山から東を望めば、名草山(なぐさやま)のやわらかな稜線が広がり、南へ視線を移すと海が扇形に開いていきます。遠くには熊野へと続く山々と空。山・海・空が三位一体となった風景が広がります。

この景観は、1300年以上前から人々を魅了してきました。奈良時代、聖武天皇が724年にこの地を訪れ、その美しい景観を守るよう言葉を残したと伝えられています。それ以来、多くの人々がこの風景を眺め、心を寄せてきました。

潮の満ち引きや光の移ろいによって、同じ場所でも朝・昼・夕で表情が変わります。見飽きることのない景色——それが、和歌の浦が「絶景の宝庫」と呼ばれる理由です。

万葉歌人のまなざしを追う

和歌の浦は、万葉集にもたびたび登場する“歌枕”の地。とりわけ有名なのが、潮が満ちてくる情景を詠んだ歌です。


「若の浦に 潮満ち来れば 潟をなみ 葦辺をさして 鶴(たづ)鳴き渡る」 山部赤人(やまべのあかひと)


潮が満ちてくると、干潟で餌をついばんでいた鶴が一斉に飛び立ち、静かな海辺に動きが生まれる。その一瞬を詠んだ歌からは、万葉の人々がこの風景に深く感動した様子が伝わってきます。


また、玉津島の美しい景色を前に「いくら見ても見飽きない。都に持って帰って見せたい」と詠んだ歌も残されています。


「玉津島 見れども飽かず いかにして 包み持ち行かむ 見ぬ人のため」藤原卿(ふじわらきょう)


当時の都は奈良。海のない土地で暮らす人々にとって、潮の満ち引きがつくり出す海辺の風景は驚きに満ちたものだったのでしょう。


また、聖武天皇がこの地を訪れた際には、仮の滞在ではなく「常宮」と呼ばれる拠点が設けられ、15日間にわたって滞在。それほどまでに、この風景が特別な場所として受け止められていたことが感じられます。


現在の和歌の浦も、山々と海が織りなす風景という点では、万葉の時代と大きく変わらない景観が広がっています。しかし、今は陸続きに見える山々も、かつては海に囲まれた島のような存在で、妹背山のほか、奠供山や妙見山、船頭山なども海に浮かぶ景観を形づくっていました。玉津島神社の周辺も、当時は海が入り込んでいたとも考えられ、現在とは異なる地形の中で風景が広がっていたことがうかがえます。


和歌の浦の歌を読むときは、「この歌はどこから見た景色なのだろう」と想像してみるのもおすすめです。実際に歩きながら“歌に重なる風景”を探すことで、万葉の世界がぐっと身近になります。

万葉人の心を、現代に重ねて

万葉集には、恋の思いを詠んだ柿本人麻呂や、都を離れた地での心情を詠んだ藤原卿の歌など、人の感情を率直に表した歌が多く残されています。風景の美しさだけでなく、そこに立った人の思いが重なっていることも、万葉集の魅力の一つです。村瀬さんは、万葉集が高度経済成長期にも改めて注目されたことに触れ、「社会が効率や経済成長を求めて進む中で、人の心の豊かさを見つめ直すものとして万葉が脚光を浴びたんです」と話します。現地に立ち、万葉人が見た風景を自分の目で見てみる体験こそが、万葉の歌を身近に感じるきっかけになるといいます。

【玉津島神社 権禰宜・遠北喜美代さんにお話を聞きました】
和歌の神を祀る社

和歌の浦を訪れたら、まず足を運びたいのが「玉津島神社」。古くから和歌の神を祀る神社として知られ、万葉の時代から多くの人々の信仰を集めてきました。祀られているのは、絶世の美女として知られ、和歌の名手として「和歌三神」に数えられる衣通姫尊(そとおりひめのみこと)などの神々です。


玉津島神社の裏手にある奠供山(てんぐやま)は、和歌の浦を見渡す高台として知られる場所。聖武天皇がこの地を訪れた際に眺めた景観のひとつとも伝えられています。潮の満ち引きによって刻々と表情を変える海辺の風景は、万葉の歌人たちの心を動かしました。和歌の浦を歩くときは、万葉の歌を思い浮かべながら景色を眺めてみてください。

神霊が宿る松から始まった玉津島の信仰

玉津島神社のはじまりを語るうえで欠かせない存在が、境内にある天然記念物の「根上り松」です。根上りの松とは、もともと根元にあった砂が海風によって吹き飛ばされ、長い年月の間に根が露出した松のこと。かつて和歌山の海浜にはこうした松がいくつも見られました。


鎌倉時代や室町時代、まだ社殿や鳥居がなかった頃、人々は玉津島の根上り松を神霊が宿る依り代として崇め、和歌を奉納して祈りを捧げていました。現在境内にある「鶴の松」は、かつて和歌山市高松にあった名木で、『紀伊国名所図会』にも描かれた和歌山名物のひとつ。大正期に枯れた後、この地に移され、往時の玉津島の姿を想起させるものとして大切に保存されています。

万葉の世界をひもとく立ち寄りスポット「万葉館」

和歌の浦と万葉集のつながりをより深く知るなら、「万葉館」に立ち寄りたい。万葉集に詠まれた和歌の浦の歌や、その背景にある歴史や文化を、資料展示や体験を通して学ぶことができます。風景の中で生まれた歌の意味を知ることで、散策の時間がいっそう味わい深いものに。散策のはじめや途中に立ち寄ってみては。


館内には、漫画家・里中満智子さんのイラストで万葉の世界を分かりやすく紹介する「万葉シアター」をはじめ、紀伊万葉地図や年表、生活用具などを展示する資料コーナー、パノラマウィンドウ越しに和歌の浦の景観を眺められるギャラリー展示、万葉関連の書籍約800冊をそろえた図書コーナーも設けられており、静かな空間で万葉の世界にゆっくり触れることができます。

古民家で味わう、やさしく甘い時間「カフェ・純喫茶リエール」

和歌の浦さんぽの途中でひと息つきたくなったら、「カフェ・純喫茶リエール」へ。古民家を改装した店内は、木の温もりに包まれた落ち着いた空間。ゆったりとした時間が流れ、散策の合間に立ち寄るのにぴったりのカフェです。


人気は、香ばしく焼き上げたワッフル。外はさくっと、中はふんわりとした食感で、歩き疲れた体にやさしく沁みわたります。湯浅醤油や有田みかんなど、和歌山の特産を使ったメニューも魅力。窓から差し込む光や静かな空気も心地よく、和歌の浦巡りのあとに、旅の余韻をゆっくり味わえる一軒です。


湯浅醤油のみたらしワッフル 1,790円

石段の先に広がる朱の社殿「紀州東照宮」

和歌の浦を見渡す高台に建つ「紀州東照宮」。徳川家康公と紀州藩初代藩主・徳川頼宣公を祀る神社として江戸時代初期に創建され、朱塗りの社殿と精緻な彫刻が目を引く華やかな社です。山の斜面に沿って続く石段を上がると、境内からは海と町並みの絶景を望めます。


少し息を切らしてたどり着いた先で出会う眺めは、散策の途中の小さなご褒美のよう。万葉の風景に、紀州徳川家の歴史が重なる場所として立ち寄ってみたいスポットです。

海を望む学問の神社「和歌浦天満宮」

「和歌浦天満宮」は、和歌の浦を見渡す高台に鎮座する神社。境内へ続く石段を上がると、海と町並みを一望する開けた景色が広がります。


学問の神様と言われる菅原道真が大宰府に左遷させられる途中に当地に立ち寄ったことが神社の始まりといわれ、受験シーズンには多くの参拝者が訪れます。穏やかな時間が流れる絶景の社で静かに手を合わせたい。

名草山の中腹に鎮座する「紀三井寺」

和歌の浦から少し足を伸ばして訪れたいのが、古くから信仰を集めてきた名刹「紀三井寺」。万葉集にも登場する「名草山」の中腹にあり、境内へ続く石段を上がると、海と町を見渡す景色が広がります。西国三十三所観音霊場の第二番礼所であることから御朱印を求める参拝客でにぎわいます。長い歴史と眼下に広がる景観が、万葉の地を巡る旅の記憶をより深いものにしてくれるでしょう。

地の味を堪能する食事処「市右衛門」

和歌山の味覚を楽しむなら、地魚を使った料理が評判の「市右衛門」へ。地元の食材を活かした料理が並び、地元ならではの味わいをゆっくり楽しめる一軒です。カウンターに並ぶおばんざいをはじめ、メニューはどれもその日の仕入れ状況で変わり、新鮮な味わいを堪能できるのが魅力。


名所巡りのあとに立ち寄れば、風景だけでは感じきれなかった土地の魅力を“味”として楽しむことができます。土日はランチ営業も行っているため、散策の合間の食事にもおすすめ。ゆったりと和歌山の味覚を楽しめます。


※メニューや価格は、その日の仕入れ状況により変動します。

湯けむりに癒やされる立ち寄り湯「紀三井寺温泉 花の湯」

たくさん歩いたあとの休憩に立ち寄りたいのが「紀三井寺温泉 花の湯」。湯に浸かると、潮風の中を歩いてきた体がじんわりとほぐれていきます。露天風呂では日本庭園(男風呂のみ)を眺めながら、癒しのひとときを。観光の途中に気軽に立ち寄れる温泉として、地元の人にも親しまれています。


景色を巡るだけでなく、ゆっくり体を休める時間も旅の楽しみのひとつ。散策の締めくくりに癒されてみませんか。

時間が止まる海辺で、自分の心を整える

和歌の浦は、万葉集に詠われた場所であると同時に、1300年のあいだ人々が訪れ、歩き、心を寄せてきた風景そのものです。潮の満ち引きに驚き、都に伝えたくなるほど感動したいにしえ人がいて、その景色を詠んだ歌人がいて、物語に刻んだ作家がいる。

そんな時間の層の上に、いま自分の旅が重なる——それが、和歌の浦のいちばんの贅沢かもしれません。

万葉集の素朴な心に触れるように、和歌の浦の風景を巡る。慌ただしい日々を少し忘れて、ゆっくりと万葉の地「和歌の浦」へ出かけてみませんか。

玉津島神社
和歌の神を祀る神社として知られる玉津島神社。万葉の時代から多くの人々の信仰を集めてきました。境内には万葉ゆかりの資料や天然記念物の「根上り松」などがあり、和歌の浦の歴史と文化を感じられる場所です。

和歌山市和歌浦中3-4-26
073-444-0472
玉津島神社
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万葉館
万葉集と和歌の浦のつながりを紹介する文化施設。和歌の浦を詠んだ歌や歴史資料の展示のほか、映像で万葉の世界を紹介する「万葉シアター」などを通して万葉文化を分かりやすく紹介しています。

和歌山市和歌浦南3-1700
073-446-5553
営業/9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休み/月曜日(ただし、祝祭日の場合は翌平日)、年末年始
万葉館
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カフェ・純喫茶リエール
古民家を改装した落ち着いた雰囲気のカフェ。香ばしく焼き上げたワッフルなどのスイーツを楽しみながら、散策の合間にゆったりとした時間を過ごせます。和歌の浦さんぽの休憩に立ち寄りたい一軒です。

和歌山市和歌浦中3-5-5
073-499-8698
営業/10:00〜16:30
休み/火曜日
カフェ・純喫茶リエール
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紀州東照宮
元和7(1621)年に創建された、徳川家康公と紀州藩初代藩主・徳川頼宣公を祀る神社。朱塗りの社殿や精緻な彫刻が特徴で、社殿は国の重要文化財にも指定されています。石段を上がった境内からは、和歌の浦の景色を望むことができます。

和歌山市和歌浦西2-1-20
073-444-0808
拝観時間/9:00〜16:30
拝観料/大人300円
紀州東照宮
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和歌浦天満宮
学問の神様・菅原道真公を祀る神社。天神山の中腹に建ち、急な石段の先に社殿があります。高台に位置する境内からは和歌の浦の景色が広がり、歴史ある社と海辺の風景が重なり合う場所です。

和歌山市和歌浦西2-1-24
073-444-4769
和歌浦天満宮
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紀三井寺
西国三十三所観音霊場第二番札所として知られる古刹。長い石段の先に本堂があり、境内からは和歌の浦や和歌山市街を見渡す景色が広がります。三つの井戸(三井水)が寺名の由来とされ、多くの参拝者が訪れる歴史ある寺院です。

和歌山市紀三井寺1201
073-444-1002
拝観時間/8:30〜16:30
紀三井寺
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市右衛門
地魚を使った海鮮料理が楽しめる食事処。地元の食材を活かした料理を落ち着いた空間で味わうことができ、和歌の浦散策のあとにゆっくり食事を楽しみたいときに立ち寄りたい一軒です。
※メニューや価格は、その日の仕入れ状況により変動します。

和歌山市和歌浦南2-4-23
090-3486-1471
営業/17:30〜22:00(L.O.21:30)
休み/火曜日、第2・4水曜日
市右衛門
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紀三井寺温泉 花の湯
紀三井寺ガーデンホテルはやし内にある温泉施設(日帰り入浴可)。露天風呂や大浴場を備え、日本庭園を眺めながらゆったりと入浴を楽しむことができます。和歌の浦観光の締めくくりに立ち寄るのもおすすめです。

和歌山市紀三井寺673
0120-884-175
営業/11:00〜22:00
紀三井寺温泉 花の湯
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