街道マップ 南海道を歩く

古に天皇が紀伊国へ行幸された道中を偲び、道筋で詠まれた万葉の歌の景観をイメージし、今に残る文化財を訪ねることができます。歴史と文化と自然が楽しめる、今までにない新しい感覚のウォークコースが満載です!

熊野古道イラストマップ

南海道の街道マップ

南海道を歩く

1. 真土山を越えて

真土山を越えて

真土山は紀伊国と大和国の国境にあります。古代の旅人たちがこの地を過ぎる際の感慨を詠んだ歌は多く万葉歌として残っています。古の旅に思いをはせつつJR隅田駅から真土山を越え、大和街道に沿って進み、JR高野口駅に至ります。

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2. 妹背山を望む

妹背山を望む

背山(妹背山)はその優れた景観から万葉集に多く詠まれた山です・荻原駅家推定地、背山を越えてJR西笠田駅まで、ほぼ大和街道を歩きます。南海道の直線指向を感じることができるでしょう。

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3. 紀伊国分寺跡を目指して

紀伊国分寺跡を目指して

古代より何度も行われた天皇・皇族による行幸の旅を想いつつ歩きます。行宮(天皇仮宿泊所)跡を見て紀伊国分寺跡に向かいます。ほぼ大和街道を辿りますが、JR名手駅、粉河駅付近では南海道がそのまま大和街道に受け継がれていることがわかります。

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4. 白鳳寺院跡を訪ねる

白鳳寺院跡を訪ねる

壬申の乱(672)の後、天武・持統天皇の治世(白鳳時代)には地方の豪族によって多くの寺院が建立されました。南海道が建設された頃には紀伊国にも多くの寺院がありました。南海道を踏襲した直線指向の道を歩き、沿線の寺社および寺院跡を尋ねます。

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5. 紀伊国府と古墳群

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古代官道である南海道は紀伊国府(推定地:和歌山市府中)の前を通ります。紀伊国府の遣構は見つかっていません。淡島街道を歩きつつ古墳群を巡ります。南海道を透古代の駅使も地方豪族が造った古墳群を遠くに眺めていたかもしれません。

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6. 加太浦八景を訪ねる

加太浦八景を訪ねる

南海道は紀伊国を出て、四国へ続いていきます。加太は、淡路・四国への渡津(わたんど)であり、葛城修験の起点でもあります。種に淡島街道を通り、一部乾道7号を歩きます。海に臨む加太の景観と名所・旧跡などの歴史スポット『加太浦八景』を楽しめます。

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7. 紀見峠越え

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平安時代のはじめには南海道は紀見峠を越えて紀伊国に入るようになり、そのご河内方面と紀伊を繋ぐ重要な街道になりました。橋本までに種に国道371号沿いに、峠越えは古く往来のあった旧街道を歩きます。

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8. 鍋谷峠・槙尾山

鍋谷峠・槙尾山

大化の改新後に発布された詔では畿内の南限は兄(背)山にありました。当時の都、難波京から鍋谷峠を超える道は背山に通じています。JR笹田駅からバスで四郷バス停まで移動、鍋谷峠を越えて父鬼バス停までの南海道(国道480号)を歩きます。
また、修験者・巡礼の道である槇尾山施福寺に至る尾根沿いの道を別コースとして紹介しています。

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9. 雄ノ山峠から布施屋へ

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雄ノ山峠の道は平安時代後期の南海道であったとされています。熊野詣の道、あるいは紀州街道と呼ばれる道とほぼ重なります。ウォークは、JR山中渓駅から今では熊野古道とされる道を王子跡などの古代、近世の歴史スポットを巡りつつ、紀の川まで出て、JR布施屋駅まで歩きます。

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10. 矢田峠と熊野古道

矢田峠と熊野古道

矢田峠は、和歌山市から海南市に通じる熊野古道にある峠です。この峠の切通から道路が作られた当時の様子を知ることができます。コースは現在熊野古道として紹介されている道を通ります。

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11. 藤白坂越/12. 大崎の湊

藤白坂越

藤白の名前は有馬皇子の歌で知られています。この地で処刑された有馬皇子の悲劇を想いながら藤白の急坂を登ります。峠を越えた御所の芝から見渡す海は、熊野古道でも有数の景色と言われています。ウォークは橘本王子跡までは熊野古道コース沿いに下り、その後JR加茂郷駅へと向かいます。

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13. 和歌浦・雑賀崎

和歌浦・雑賀崎

万葉の時代、南海道を経て紀伊国に行幸した天皇たちは、和歌浦の景観に感動し、そのすばらしさを多くの歌に詠みました。山部赤人等宮廷歌人による和歌浦・玉津島を讃える歌も多く残されています。コースは市内西浜地区までバスを利用(長路バス停)、そこから雑賀崎へ向かい、風景を楽しみながら紀三井寺まで歩きます。

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和歌山県への行き方
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