作家・有吉佐和子が愛した風景へ…名作の舞台と記念館を巡る、和歌山文学散歩

作家・有吉佐和子が愛した風景へ…名作の舞台と記念館を巡る、和歌山文学散歩

1.海外生活を経て、和歌山で過ごした少女時代

有吉佐和子は1931年(昭和6年)1月20日、母の実家があった和歌山市真砂丁(現・吹上1丁目)で生まれました。


父・有吉眞次は横浜正金銀行に勤務し、国内外への転勤が多かったため、佐和子も幼いころから海外で暮らしました。ジャカルタ(インドネシア)で日本人学校に入学し、一時帰国して木ノ本村立木本小学校(現・和歌山市立木本小学校)へ。その後1年足らずでインドネシアに戻り、スラバヤ日本人学校に転校します。


終戦直前、戦況の悪化に伴って家族で帰国(東京)。1945年(昭和20年)、東京大空襲後に和歌山へ疎開し、和歌山高等女学校(現・和歌山県立桐蔭高校)に転入しました。海外生活の長かった佐和子にとって、和歌山で目にした四季の移ろいや美しい風景は強く心に残ったのでしょう。紀州の自然や人々の暮らしは、のちの作品にも色濃く投影されています。

2.芥川賞候補「地唄」で注目を浴び、若き作家として脚光

1949年(昭和24年)、佐和子は東京女子大学文学部に入学。歌舞伎研究会に所属し、演劇を通してこの頃から文筆活動を始めました。一時休学した後に、同短期大学部英語科を卒業。1954年(昭和29年)に「落陽の賦」(同人誌「白痴群」)を発表しました。


1956年(昭和31年)、伝統芸能に生きる父と娘の愛憎まじりあう交流を描いた「地唄」が文学界新人賞と芥川賞の候補となり、文壇で一躍注目を集めます。翌年「白い扇」が直木賞候補になるなど、次々と話題作を発表。また、NHKテレビ「わたしだけが知っている」にレギュラー出演するなど、活動の場を広げていきました。

3.母の厳しい一言が、作家としての転機に

若くして脚光を浴びた佐和子に、厳しい言葉を投げかけた人物がいました。母・秋津です。

「あなたが何を書いたというのか」

その言葉を受けた佐和子は、「自分は自信を持って『小説家の仕事をしている』とは言えない」と悟ります。


秋津は、衆議院議員・木本主一郎の娘。木本家は木ノ本村(現・和歌山市木ノ本)の庄屋として代々栄えた家柄でしたが、秋津は封建的な考えを否定する近代的な女性だったと伝えられています。


佐和子は、そんな自らの家族の歴史やルーツを探るかのように、和歌山で精力的な取材を開始しました。紀州に生きる人々の姿に触れ、故郷をあらためて見つめ直すことになるのです。

4.祖母、母、そして自身をモデルとした「紀ノ川」

和歌山各地での取材を経て、1959(昭和34)年に「婦人画報」の1月号から5月号にわたり連載したのが「紀ノ川」でした。同年6月、単行本として刊行。

「紀ノ川」のストーリーには佐和子自身の家系が投影されたとされ、第1部の主人公の花は佐和子の祖母・ミヨノ、第2部の中心人物・文緒は母・秋津、第3部に登場する華子は佐和子自身がモデルだといわれています。

祖母、母、娘という三代の女性の生き方を描く物語の背景には、家族の歴史と、和歌山の風土がありました。「紀ノ川」によって、佐和子は小説家としての地位を確立します。

Column

社会を見つめ続け、読み継がれる作品

佐和子は紀州三部作と呼ばれる「紀ノ川」「有田川」「日高川」をはじめ、江戸期の紀州那賀地方を舞台にした「華岡青洲の妻」、母の実家があった木ノ本村の旧家を描く「助左衛門四代記」など、和歌山を題材にした数々の作品を発表しました。


もちろん、佐和子が書き続けたのは和歌山をテーマにしたものだけではありません。高齢者介護を題材にした「恍惚の人」、公害問題を取り上げた「複合汚染」など、社会が抱える問題にも目を向けます。一代記から社会問題まで幅広いテーマを扱いながら、登場人物の目を通して人間や時代を描き続けました。


小説家としてだけでなく、脚本家、演出家としても活躍し、53歳でこの世を去るまで数々の名作を生み出した有吉佐和子。それらの作品が時代を超えても色あせない、いきいきとした魅力を伝える背景には、人間の生き方や家族、社会の問題など、現代にもつながるテーマがあります。


有吉文学を育んだ大切な場所の一つが和歌山でした。海外での幼少期を経て、故郷で出会った紀州の風景、そこに暮らす人々、そして自身へと連なる家族の歴史。それらを見つめ直した先に、和歌山を舞台にした名作の数々が生まれたのです。

◆有吉佐和子年譜

1931年 1月20日、和歌山市に生まれる

1935年 東京へ転居

1937年 インドネシアに転居

1939年 一時帰国。木本小学校へ転入後、1年足らずでインドネシアへ

1941年 東京の根岸小学校に転入

1945年 疎開し、和歌山高等女学校に通う

1949年 東京女子大学文学部英米文学科に入学

1952年 東京女子大学短期大学部英語科を卒業

1954年 「落陽の賦」を発表(23歳)

1959年 「紀ノ川」を中央公論社より刊行(28歳)

1963年 「助左衛門四代記」を文芸春秋新社より、「有田川」を講談社より刊行(32歳)

1966年 「日高川」を文芸春秋新社より刊行(35歳)

1967年 「華岡青洲の妻」(新潮社)がベストセラーに(36歳)

1972年 「恍惚の人」(新潮社)がベストセラーに(41歳)

1975年 「複合汚染」(新潮社)がベストセラーに(44歳)

1978年 「和宮様御留」(講談社)がベストセラーに(47歳)

1984年 8月30日、東京の自宅で死去(53歳)

5.有吉作品に登場する和歌山の舞台を巡礼

(1)「紀ノ川」

明治から大正・昭和へと移り変わる時代を背景に、紀州・和歌山に生きる三代の女性を描いた長編小説。紀の川の上流にある実家から下流の六十谷(むそた)にある旧家に嫁ぎ、家や伝統を守って生きる花。その娘で、母の価値観に反発し、東京で新しい時代を自分らしく生きようとする文緒。そして最終章には文緒の娘・華子が登場し、祖母と母という異なる二つの世代を見つめながら、天守閣の再建が成った和歌山城で自らのルーツと向き合っていきます。紀州の自然や風習も豊かに描かれ、土地の記憶と人々の人生が重なり合う壮大な物語。


 「紀ノ川」ゆかりのスポット|慈尊院(九度山町)

  • 女人高野と呼ばれる「慈尊院(じそんいん)」

816年(弘仁7年)、弘法大師が政所として伽藍を創建したのが縁起。その後、善通寺(讃岐国)から訪ねてきた大師の母・玉依御前(たまよりごぜん)が滞在し、女人結縁の寺として知られるようになりました。「紀ノ川」では、主人公・花が自分の乳房型絵馬を献上し、安産を祈った場所として描かれています。現在も、子宝、安産、育児、授乳などを願い、乳房型絵馬を奉納する人々の姿が多く見られます。


和歌山県伊都郡九度山町慈尊院832

TEL 0736-54-2214 

(2)「有田川」

有田川流域のみかん農家へ嫁いだ千代。大雨による有田川の氾濫により家々がなぎ倒され、人々を飲み込んでいく地獄のような光景の中で、千代はすべてを失い、激流に飲み込まれてしまいます。死の淵をさまよう千代が必死に手を伸ばして掴んだ一本の巨木。死の危機を乗り越えただけでなく、過去の自分と完全に決別し、新しい人生を始める宿命を与えられます。厳しい労働や家族との関わりの中で、たくましく生きる女性の姿が描かれる大作。


 「有田川」ゆかりのスポット|浄念寺(有田市)

  • 多くの人を救ったという「浄念寺(じょうねんじ)」の柏槇(びゃくしん)

1506年(永正3年)、西道が開基。「有田川」にも描かれている1953年(昭和28年)の「7.18水害」の際、多くの人を助けたという「人助け柏槇」は、今も境内に根を張り天に向かってそびえています。


有田市宮原町滝川原451

TEL 0737-22-3624(有田市産業振興課)

(3)「日高川」

物語の主な舞台は、日高川の源流に近い龍神温泉の旅館「大黒屋」。水難事故で父を失い、孤児となった千世子は、大黒屋の女主人に引き取られて成長。千世子はやがて大黒屋の若主人と結婚し、旅館を支えながら新たな事業にも意欲的に乗り出していきます。時代の変化を捉え、自らの力でたくましく人生を切り開いていく千世子。しかしその胸の奥には、ある人への思いが秘められていました。男と女の恋愛模様が濃密に描かれた異色の有吉作品。

 「日高川」ゆかりのスポット|上御殿(田辺市龍神村)

  • 文豪が愛した老舗旅館「上御殿(かみごてん)」

1657年(明暦3年)、初代紀州藩主・徳川頼宣(よりのぶ)が龍神温泉へ湯治に訪れる際、その宿所として建てられたのが始まり。その後、龍神家は頼宣より宿の管理を命じられ、「上御殿」の屋号を賜りました。館内に今も残る「御成(おなり)の間」は、頼宣が実際に宿泊されたと伝わる由緒ある部屋。「日高川」に登場する龍神の旅館は、この「上御殿」がモデルとされています。


田辺市龍神村龍神42

TEL 0739-79-0005

(4)「華岡青洲の妻」

世界で初めて全身麻酔による乳がん手術に成功した医師・華岡青洲と、その母・於継、妻・加恵をめぐる物語。青洲が医学の研究に打ち込み、全身麻酔薬「通仙散(つうせんさん)」の完成を目指す中、嫁と姑の関係は次第に悪化していきます。青洲の麻酔薬の人体実験をめぐって、母と妻は競うように自らの体を差し出し、その結果、加恵は失明することに…。医学史に残る偉業の陰で繰り広げられた嫁と姑の愛情、嫉妬、意地が絡み合う人間模様が表現されています。

 「華岡青洲の妻」ゆかりのスポット|春林軒(紀の川市)

  • 和歌山が誇る医聖・華岡青洲ゆかりの「春林軒(しゅんりんけん)」

1804年の全身麻酔手術の成功により、華岡青洲の名は全国に広まり、多くの患者や門弟が集まったことから、診療・教育・生活の拠点として「春林軒」が整えられました。現在は、江戸時代の主屋や蔵に加え、調査資料をもとに南長屋や病室などが復元されています。館内では、麻酔手術や研究の軌跡、弟子たちへの講義、当時の日常生活などを人形や映像、音声でリアルに再現。タイムスリップしたような臨場感を味わうことができます。


紀の川市西野山419-4

TEL 0736-75-6008

開館時間 10:00~17:00(最終受付16:30)※11月~2月は30分早くなります

休館日 無休

入館料大人300円、小中学生200円

 「花岡青洲の妻」ゆかりのスポット|旧名手宿本陣(紀の川市)

  • 旧名手宿本陣/妹背(いもせ)家住宅

大庄屋を長く務めた妹背家住宅は大和街道に面し、紀州藩主の参勤交代や鷹狩りの際に、宿泊・休憩場所として利用しました。敷地内には主屋や倉、名手役所が残り、本陣・地士・大庄屋を兼ねた貴重な構えから、国の重要文化財・史跡に指定されています。「華岡青洲の妻」では、加恵の実家として登場します。


紀の川市名手市場641

TEL 0736-75-3129

開館時間 10:00~16:00

休館日 火曜日(祝日の場合は開館し、翌日休館)

入館料 無料

(5)「助左衛門四代記」

江戸時代中期の木ノ本村。大地主の垣内家では新居の完成を祝い、一族が喜びに包まれていました。だが、その祝いの日に現れた一人の巡礼が連れてきた犬を、初代助左衛門の母が誤って死なせてしまったことで一族の運命の歯車が狂い始めます。激怒した巡礼は「七代まで祟ってやる」と恐ろしい言葉を浴びせ、幼い長男が不慮の事故で命を落とすなど、代々「助左衛門」の名を継ぐ者は、不幸から逃れることができません。昭和に至るまで、名家に降りかかる“呪い”を描く作品。

 「助左衛門四代記」ゆかりのスポット|木本八幡宮(和歌山市)

社伝によると、その起源は平安時代にさかのぼるとされています。石清水八幡宮から八幡神を勧請したと伝えられ、木ノ本周辺の氏神として長く信仰を集めてきました。伝統行事「木ノ本の獅子舞」は、地域の人々によって現在まで受け継がれています。「助左衛門四代記」に木本八幡宮が登場し、モデルとなった家から神社へ寄贈された品も伝わっています。


和歌山市西庄1

TEL 073-451-5915

6.有吉佐和子をもっと知る-和歌山市内の施設

(1)和歌山市立有吉佐和子記念館

  • 東京の邸宅を復元した「有吉佐和子記念館」

有吉佐和子ゆかりの資料の展示や、実際に使用していた机・椅子などを見ることができる施設。創作活動を行い、ベストセラーを執筆した東京都杉並区の邸宅を復元。実際に暮らした空間そのものを通して、人柄や創作活動を身近に感じられます。


1階の展示室には、名作に関する貴重な資料や、佐和子が国内外で集めた貴重な資料などが展示されています。庭にはさまざまな草花が植えられ、作品とゆかりのある植物を楽しむこともできます。ランチやカフェが楽しめる「純喫茶リエール 有吉佐和子邸」も併設されています。


2階の書斎は、仕事場兼寝室。執筆用の机とベッドが置かれ、ここから数々の名作が生み出されました。隣は「青庵(せいあん)」と名付けられた茶室があり、佐和子は多忙を極めた執筆活動の合間を縫って、ここで茶会を催していました。さらに、三味線や鼓なども嗜むという風流人でした。


仕事場から日々の暮らし、趣味までを立体的に知ることのできる、文学ファンならずとも訪れてみたい記念館です。


和歌山市伝法橋南ノ丁9

TEL 073-488-9880

開館時間 9:00~17:00

休館日 水曜日(祝日の場合は開館し、翌日休館)、12月30日~1月3日

入館料 無料

(2)和歌山市立博物館

和歌山市立博物館の常設展示内にある、有吉佐和子のミニ展示コーナー。自筆原稿や関連資料が展示されています。なお、展示内容は定期的に変更(インスタグラムで告知)。


和歌山市湊本町3-2

TEL 073-423-0003

開館時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)

休館日 月曜日、祝日の翌日、12月29日~1月3日

入館料 大人100円、高校生以下無料(特別展期間中は別料金)

(3)和歌山市民図書館 有吉佐和子文庫

有吉佐和子の長女・玉青さんの厚意により、2005年に和歌山市へ寄贈された約1500冊の蔵書を中心に、和歌山市民図書館2階(南海和歌山市駅直結)に「有吉佐和子文庫」が開設。2023年には新たに約3900冊が寄贈され、より充実したコレクションになっています。蔵書は、作品を執筆する際に使用した資料をはじめ、作家や研究者から贈られた書籍など多岐にわたります。

※写真提供/和歌山市民図書館(有吉佐和子文庫エリアの参考写真)


和歌山市屏風丁17 和歌山市民図書館2階

TEL 073-432-0010

開館時間 9:00~21:00

休館日 無休

入館料 無料

(4)わかやま歴史館

和歌山城西の丸広場に隣接する「わかやま歴史館」2階の歴史展示室「わかやま人物探訪」は、近・現代史上でさまざまな分野の発展に貢献した和歌山市の偉人・先人を紹介するコーナー。有吉佐和子愛用の茶道具や、ゆかりの資料が展示されています。


和歌山市一番丁3

TEL 073-435-1044

開館時間 9:00~17:30(入館は17:00まで)

休館日 12月29日~12月31日

入館料 高校生以上100円、中学生以下無料(和歌山城天守閣との共通入場券もあります)

この記事で紹介したスポットマップ

  • 慈尊院
  • 浄念寺
  • 上御殿
  • 道の駅 青洲の里
  • 旧名手本陣
  • 木本八幡宮
  • 有吉佐和子記念館
  • 和歌山市立博物館
  • 和歌山市民図書館
  • わかやま歴史館

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