甲斐みのりの
かわいい わかやま
《第3話》
和歌山の「美味しい」を満喫するとっておきのグルメ旅をご紹介。
甲斐みのりの小さな旅にご案内

はじめに
海岸部には風光明媚な景色が広がり、内地は山深く自然豊かな有田・日高エリア。有田はその名の通り、糖度が高くて濃厚な味わいで知られる「有田みかん」の一大産地。初めて意識して味わったときには、あまりに甘くみずみずしく、口福で満たされたのを忘れることができません。
それから、熊野古道の宿場町として栄え、醤油発祥の地と言われる湯浅を訪れたときには、料理好きの友人へ醤油の瓶を抱えて帰りました。醸造業関連の町家や土蔵が建ち並び、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定される趣ある町並みでは、醤油の香りに包まれて、幸せな心地に。日高エリアにある興国寺は金山寺味噌の発祥としても知られており、料理好き、和食好きには食材の宝庫。また、日高には、「一目百万、香り十里」と言われ日本最大級の梅園があり、さまざまな種類の梅干しに出合えます。
今回は、“食いしん坊”心を満たすべく、老舗から話題の店まで、食にまつわる店をハシゴしました!
「室井製パン所」みなべ町
「室井製パン所」が所在するのは、梅の生産量日本一のみなべ町。『日本全国地元パン』という著書があるほど、さまざまな地域に根付く昔ながらのパンが大好きな私は、この「室井製パン所」のパンも、和歌山を訪れるたびに購入して東京まで持ち帰っています。
みなべ町に隣接する田辺市に、親しくしている梅・みかん農家さんがいるのですが、「室井製パン所の袋パンは、特に梅の収穫時期に大活躍。大量に買ってきて、休憩時間にスタッフみんなでおやつに食べるんですよ。種類も多いので、それぞれ好みの味を選べるのも喜ばれるんです」と教えていただきました。実際に店としても、梅の収穫シーズンが一番忙しいそう。小さな販売所を併設する工場のすぐ目の前も梅畑です。
店主の室井勝之さんは3代目。勝之さんのおじいさんが終戦直後にパン屋を始めたそうです。コッペパンにマーガリンを塗った「ミルティ」。ホイップクリーム入りの「ヤングパン」。マーガリンを塗った食パンにグラニュー糖をかけた「ホームパン」。レトロなデザインのパン袋に記された、パンの名前も個性的。
どれも初代が考えたもので由来は謎なのだとか。
私の一番の好物はホームパン。そのまま食べても、ジャリジャリとした砂糖の食感を楽しめておいしいけれど、ほんのりトースターで焼いて味わうのもおすすめです。どれも手頃な価格なのもありがたい限り。みなべ町近隣のスーパーや産直でも扱いがある店もあるので、家族へのおみやげや、大勢で集まるときの差し入れにしても。
◆ 室井製パン所
日高郡みなべ町東吉田129-1
0739-72-2344
営業/8:00~18:30
休み/日・祝日(日によっては営業)
「せち焼きやました」御坊市
御坊市出身の方と話していたところ、「甲斐さん、ぜひ御坊に行くことがあれば」と強くおすすめいただいたのが、「せち焼きやました」。私は「焼きそば道楽」という連載を持っているほど、焼きそばをこよなく愛しているのです。 以来、長らく和歌山県の行きたい店の上位に。夢にまで見た店にようやく訪れることができました。
「せち焼き」とは、焼そばと卵を鉄板上で混ぜ合わせ、お好み焼き状にまとめたもの。商標登録をしている「せち焼きやました」のオリジナルメニューで、御坊市のご当地グルメとして知られています。
もともと駄菓子屋を営んでいた初代の山下夏子さんは、昭和30年頃に、高校生も気軽に立ち寄ることができるお好み焼き屋を始めました。そうしてあるときお客さんから「焼きそばを卵でせちごうて」という注文が。「せちがう」とは御坊の言葉で、無茶苦茶にするとか、いじめるなどを意味します。つまりは、「焼きそばと卵をまぜて」とリクエストを受けたのが始まり。それから試行錯誤を繰り返し、地元では誰もが知る名物に。
現在、店を切り盛りするのは、夏子さんの娘である2代目と、夏子さんの孫の3代目。2代目によると、「ガスがない頃は練炭を使って焼いていました。私は幼稚園の頃から駆り出されて、母の後ろでうちわを仰いでいました」。あらためて作り方を尋ねると「最初は焼きそばを焼いて、途中から焼きそばと卵をせちごうていきます。粉の入っていないお好み焼きなんです」。目の前で作ってくださるのをじっと見ていると、途中までは見た目が焼きそばだったのが、完成時にはお好み焼きの姿になっているのもそんなわけです。
3代目はなんと3歳くらいから店の手伝いをしていたそう。「うちのおばあさんは戦後にゼロになってしまって。子供もおるし働きにもいけへんしということで、鉄板で近所の人のご飯作ったり、貸本したり。テレビも見れて近所の人が集まるお店を始めて。お好み焼きも焼くんですけど、むちゃくちゃせっかちで。粉を使ったお好み焼きだと、中まで火が通るのに何回もひっくり返さなあかんから。卵やったら早く作って食べられるわと、ファストフードみたいに始めたら、それが当たって」。初代のせっかちな性格から生まれた昔のファストメニュー。ふわっとした卵のつなぎと、麺独自の食感が相まって、実においしい!ソースも麺も初代が利用していた工場は閉鎖してしまったけれど、「祖母の味を守り続けています」と、心強い言葉。昭和の店というのを意識して、レトロで愛らしいグラスを使用しているのもステキでした。
念願叶ってせち焼きを堪能し、店を出たら、洋服にソースの香り。「いつまでもこの香りが抜けないといいな」と思うほどのお気に入りに。またひとつ通いたい店が増えました。
◆ 元祖せち焼き やました
御坊市湯川町財部49-12
0738-22-3227
営業/11:00~15:00
休み/火・水曜日
「ことぶき食堂」御坊市
国道42号線沿いに位置する「ことぶき食堂」の創業は60年近く前。もともとはトラックの運転手さん目当てに夜中だけの営業からスタートしたそうです。今でこそ深夜営業は珍しくないけれど、当時は地域の中で夜中に空いている店は他になく、重宝されるように。次第に釣り客も増え、昼間も店を開けて24時間年中無休の営業が続きました。
「高速道路のない時代は、車で白浜に行くのにうちの前を通るので夜でも人は多かった。今はしっかり休んでますよ。時代ですね。夜なんか車走ってないから」とは、去年まで大学でホッケーの監督をしていたという2代目の大将。
カウンターに並ぶさまざまな惣菜を、客それぞれがセルフで席に運ぶ昭和の食堂スタイルを今でも貫いています。
惣菜は一皿180円から。ご飯もの、麺類、汁物も取り揃えているので、自由な組み合わせを楽しむことができます。
人気メニューを尋ねると「ウインナーとケチャップと甘辛く炒めたのや、魚肉ハンバーグ」とのこと。一つずつ大将が作る鯖寿司「ひとくち寿し」も、山盛りで用意してもいつのまにか完売に。すじ肉や生芋のこんにゃくなどを鶏ガラのだしで炊いたおでんや、昔ながらの鶏ガラ醤油だしを使った懐かしい味わいの「中華そば」も根強いファンがついています。釣り客が片手でも食べやすい「磯釣り弁当」は、俵形のおむすびが5個入って450円。毎日通う人もいるので、味噌汁の具を変えるという温かな心配り。車で移動する人だけでなく、ご近所さんの拠り所でもあるのです。
個人的に噂に聞いて食べてみたかったのが「ねこ飯」。その正体は、お客さんから頼まれて始めたおかかご飯です。重箱に詰めたご飯の間におかかを挟んで、たっぷりのボリューム。一人で好きなものを存分に味わうのもいいし、家族や仲間内でシェアしても。繰り返し通いたくなる食堂です。
◆ ことぶき食堂
御坊市塩屋町北塩屋751-3
0738-22-2280
営業/9:00~14:00・17:00~21:00
休み/日曜日 ※営業時間、定休日は変更あり
「庵堂」有田川町
和歌山県民文化会館大ホールの緞帳のデザインに使用されている、どこか幻想的な雰囲気の絵画「少女と貝殻」。有田川町出身の洋画家・川口軌外による1934(昭和9)年の作品です。
軌外は1892(明治25)年に有田川町に生まれ、渡仏してアンドレ・ロートやフェルナン・レジェに絵画を学び、シャガールなどと交流したことでも知られています。日本では、安井曾太郎に指導を受け、佐伯祐三らとも交流を深めました。
そんな軌外が生活と創作の場とした古民家をリノベーションしてカフェレストランにしたのが「庵堂」。1916(大正5)年に建てられた趣ある建物は、国の登録有形文化財に指定されています。店内で使用・展示される和箪笥などの家具や昔懐かしい家電、生活道具や古い書物は、明治、大正、昭和にかけて、家屋に残されていたものをそのまま使用しています。ところどころに飾られている絵画のほとんどは、軌外自身や軌外の息子の作品となんとも贅沢な空間です。
個人的に気に入ったのは、丁寧に手入れされた庭に面したカウンター席。
そこで淹れるコーヒーは、和歌山ならではの特別な風味。日本で初めて綿ネル業を始めた和歌山で、伝統的に栽培されてきた綿花で作る紀州ネルのフィルターを使用。コーヒー豆は和歌山市の自家焙煎コーヒー店「珈琲もくれん」が庵堂のためにブレンドする豆を使っています。
一番人気のメニューは、3本のだんごに3種類の具材がついた「焼きだんご」のセット。和歌山市の和菓子店がつくるだんご、和歌山産の醤油で作るみたらしあん、北海道産十勝小豆の粒あん、きな粉黒蜜と、味わいも豊か。自分でコンロで焼くひと手間を客それぞれが楽しんでいます。高野山名物の「焼きもち」や、かつらぎ町のパン職人が特別に焼くパンに特製あんをのせた「庵堂のあんバタートースト」も、コンロ焼きで仕上げます。「手ごねハンバーグの釜煮込み」や生パスタと食事メニュー、チーズケーキなどの洋風デザートも取り揃い、選択肢が多くあるのも嬉しいところ。川口果樹園による10種類以上の果実が実る果樹園を通るアプローチもステキです。
◆ 庵堂
有田郡有田川町西丹生図456
090-3703-0010
営業/10:00~16:00
休み/月・火・水曜日
「ギャラリーシグマ」有田市
全国屈指のみかんの産地・有田市。そこかしこにみかん畑が広がるのどかな景色の中に、突如として現れるスタイリッシュなコンクリートの建物。そこは、“ギャラリー”という名の洋菓子店「ギャラリーシグマ」。ショーケースの中には、まさに芸術作品のような美しい洋菓子が並んでいます。
大阪、神戸、東京での修行を経て、地元で自らの店を開いたパティシエの上野山貴之さん。フルーツ農家さんとの付き合いも深く、冬はいちご、夏は桃やいちじく、秋はぶどう、年間通して梅やレモンなど、お菓子の素材にふんだんにフルーツを使用しています。見目麗しいだけでなく、ひとつひとつ丁寧に作り上げる味わいそのもののファンが多く、遠方からわざわざ足を運ぶ人が後を絶ちません。2019(令和1)年のオープンから、すっかり地元でも愛される存在に。90歳を超えるご近所の常連さんも日々通ってくるのだそう。
個人的には、「亀ちゃんの蜜柑」「気高き王様」「濃い恋バニラ」というような、詩的なお菓子のネーミングにも強く惹かれます。「祖父は亀三郎というんですけど、地域の人には“亀ちゃん”と親しまれていて。もともとこの店がある場所は、祖父のみかん畑だったんです。ミカンのジュレとブリュレをバニラムースで包んだ、このミカン形のケーキは、祖父への親しみを込めて名づけました」と貴之さん。「自然豊かな有田で生まれ育ちましたが、木の温もり以上に石の冷たさが好きだったので、自分の店を作る前にいろいろな美術館を見に行って、コンクリートや漆喰を使った建物を完成させました。みなさん生菓子にはセンスを求めていらっしゃると思うんです。お菓子や建築を作品として楽しんでいただけるように、パティスリーではなくギャラリーと名づけました」ともお話しいただきました。
水盤を設えた中庭のベンチに腰かけ、その場でお菓子を味わうこともできます。本当はショーケースの中のケーキ全て食べたかったけれど、この日は和歌山の梅でほんのり酸味をつけたバニラのムースをエディブルフラワーで飾りつけた「ダ・カーポ」を選びました。敷地内には、完全予約制で夜の時間帯のみ営業のカフェも2024(令和6)年にオープン。夜カフェで提供される美しいパフェを味わうために、あらためて有田を訪れようと心に誓いました。
◆ ギャラリーシグマ
有田市千田24
0737-20-8585
営業/10:00~18:00
休み/月・火・水曜日
「伊藤農園 カフェみかんの木」有田市
有田みかんの生産や、柑橘の加工・販売をおこなう「伊藤農園」。明治時代にみかんの卸問屋として創業し、120年の歴史を重ねてきました。無添加で砂糖不使用のみかんジュースはラベルのデザインも愛らしく、自分用や贈り物に何度か取り寄せしたことがあります。
2024(令和6)年に、もともと事務所や店舗があり、みかん畑に囲まれた敷地の一角にカフェがオープンしたと噂で聞いて、楽しみにお伺いしてきました。みかんの木はもちろんのこと、和歌山ゆかりの木や植物を植栽する庭の中。和歌山の木材を使った、ゆったりと開放的な建物で、食事やデザート、みかんジュースを味わうことができます。
メニューの特徴は、全てに柑橘を使用していること。できうる限り、和歌山の農産物や海産物を取り入れていること。大胆に柑橘の輪切りをはさんだハンバーガーや、旬の柑橘と和歌山・黒沢牧場のミルクアイスを合わせた「みかんのプレミアムパフェ」は大人気。その時期におすすめの柑橘ジュース6種類から、自分で選んだ3種を飲み比べできる「100%ピュアジュース~3種飲み比べ~」は、ジュースサーバーから自分でカップに注ぐことができるのも嬉しい限りです。
「ショップみかんの木」では、おみやげ選び。中でも気になったのが、伊藤農園のイメージキャラクター「きくちゃん」をデザインしたオリジナルグッズ。きくちゃんは赤いボーダーのトップスを着ていますが、そういえばカフェのスタッフも赤いボーダー姿。「きくちゃんは、5~6歳の女の子。みかんしぼりが大好物でいつも飲んでいます。菊みかんはご存知ですか?みかんの中でも、外皮がぼこぼこしたものを指す通称。あまり見た目はよくないですが、地元では甘くておいしいみかんとして知られています。きくちゃんの名前はそんな菊みかんからもらってます」と教えていただきました。
伊藤農園では毎年秋に、「グランピング」と「みかん狩り」を合わせた「みかんピング」なるイベントを開催しているというので、いつか参加してみたい!
◆ 伊藤農園 カフェみかんの木
有田市宮原町滝川原518
080-2383-5851
11:00~17:00 ※ラストオーダー16:30
休み/なし ※臨時休業の場合あり
甲斐 みのり Kai Minori
文筆家・エッセイスト。
日本文藝家協会会員。「高野山・熊野を愛する百人の会」
静岡県生まれ。大阪芸術大学文芸学科に進学し、
著書は50冊以上。『旅のたのしみ』では、
甲斐みのりの和歌山の「美味しい」を満喫する『とっておきのグルメ旅MAP』
- 室井製パン所
- 元祖せち焼き やました
- ことぶき食堂
- 庵堂
- ギャラリーシグマ
- 伊藤農園 カフェみかんの木
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