甲斐みのりの
かわいい わかやま <第5話>

《第5話》

昔懐かしいパンをはじめ、個性的なパンを探して甲斐みのりが

和歌山市内を巡る小さな旅にご案内

甲斐みのりのかわいい わかやま <第5話>

はじめに


「地元パン」®と名付けて、全国各地に根付くパンや店の取材を続けています。和歌山を訪れるたび、いろいろなパン店に立ち寄って、その場で味わったり、パンを抱えて帰るのが定番に。そうして個人的にも和歌山は、“しっかりおいしい”、“地元の人に愛される”、パンの名店が多い地域だと実感するように。今回は、味がおいしいのはもちろんのこと、店の佇まいや、パンの形、パッケージまで、“愛おしさ”を感じる和歌山市のパン店を紹介します。

焼きたてのパンの店 ローマ 和歌山市

 和歌山の友人数名と、和歌山市内で喫茶店めぐりをしていたときのこと。不意に車窓に現れた、山型食パン形の建物。立面には大きな文字で「パンの店 ローマ」と書かれています。「なんて愛らしいの!」と感嘆。絵本の世界へ迷い込んだような夢見心地になりました。そうして車を停めて、みんなで買い物。そのとき店頭で教えてもらったのが、ローマの創業は1995年で、ユニークな形の建物はオーナーのアイデアということ。和歌山県ではかつてテレビCMが流れ、誰もが知る存在だったウサギのマークの「イズミヤパン」の味を継承する店ということ。

 今回、改めてお話を伺ったのは、チーフの楠見充崇さん。10代の頃からイズミヤパンでパン職人をしていましたが、1997年にイズミヤパンが廃業したのをきっかけに、ローマで働き始めたそうです。なんと楠見さんの母も、楠見さんが生まれる少し前までは、イズミヤパンに勤めていたといいます。

 店頭に並ぶパンは、食パン、菓子パン、惣菜パン合わせて、だいたい90種類ほど。楠見さんがイズミヤパンから受け継ぎ作り続けるパンは、商品ポップを黒く色分けしています。ミカン、パイン、クリームをはさんだ「フルーツパン」。

チョコレート味の「スイートチョコ」。メロンパンは「スイート」。魚肉ソーセージ入りの揚げパン「ソーセージドッグ」。姿も味もネーミングも素朴でチャーミングな昭和の趣が漂います。中でも人気なのが、30センチほどの大きなパンに、フォンダンと呼ばれる砂糖蜜をまぶした「大ロシア」。まるまるひとつ、なかなか食べきれないという人のための、1/2サイズも好評です。他にもまだまだ、懐かしいパンがずらり。

 昔とは材料やお客様の味の好みに変化が生まれているので、楠見さんは少しずつ改良を加えながら、“普段の暮らしに根付く”パンを守り続けています。イズミヤパンの時代からファンだった人たちが絶えず訪れ、「この味が好きだった」と思い出を語ってくれることが、楠見さんにとっても大きな喜びだと言います。

◆ 焼きたてのパンの店 ローマ

和歌山市湊1825-3

073-455-8133

営業/7:30~19:00

休み/月・火曜日

ナカタのパン(名方製パン) 和歌山市

 「ナカタのパン」と呼び親しまれる「名方製パン」は、和歌山屈指の老舗パンメーカー。創業者の名方吉兵衛がアメリカから帰国して、和歌山市山陰丁で県下で初めてパンの製造を始めたのが1903(明治36)年。以来、学校給食、病院、喫茶店などの業務用、スーパーマーケットでの販売と、地域に密着したパン作りを続けてきました。

 国産小麦、北海道産のてん菜糖、伯方の塩、無添加植物性油脂と原材料にこだわり、火力が強いガス窯を使って高温で一気に焼き上げることで、小麦の風味をしっかり感じる、おいしいパンが出来上がります。

 一番人気は、「天然酵母※ のコッペパン」。今でこそ“天然酵母”という言葉は広く浸透していますが、名方製パンでは時代に先駆けいち早く天然酵母を使ったパンを商品化し、スーパーへの卸を始めました。リベイクしたり、ジャムや好きな具材を挟んだり。家庭ごとにいろいろな食べ方で親しまれてきた、名方製パンを代表するパンです。 ※「天然酵母」と商品名に入っているパンは国産小麦を使用しておりますが、その他のパンは「国内製造の小麦」を使用しております。

 それから、「ナカタのパンといえばこのパン!」と、長年のファンが多いのが、「スイート」という名のメロンパンと、メロンパンの中にチョコレートをたっぷり入れた「セレクト」。レトロなデザインのパッケージにも心がときめきます。

 個人的には、ほんのり甘いロールパンに、マーガリンをはさんだ「フレッシュロール」や、濃厚なクリームがたっぷり入った「クリームパン」が大好物。和歌山市周辺を訪れたときはスーパーで買い求め、おやつや朝食にほおばります。「チョコレート」「ひき茶」「小倉」「白あん」「ミックスジャム」「チョコロール」「ピーナッツロール」「バタークリームロール」など、ナカタのパンの袋パンを見つけると、つい手が伸びてしまうほど。10月~6月に販売される、みかんや梅など紀州名産のジャムをはさんだ「和歌山コッペ」は、厳選された県産品を認定する「和歌山一番星アワード」に選ばれました。

 2023(令和5)年には直売所を「nakata+(ナカタプラス)」としてリニューアル。スーパーなどで取り扱いがある袋パンとは異なる種類や、注文を受けて作りたてを提供する「コッペサンド」や「あげぱん」もお目当ての人が多い品。おいしさに変わりはないけれど、ちょっと形が不恰好だったり、ほんの少し焦げ目がついたことで、B品扱いとなるパンを集めたお得な価格の「訳ありパン」も、ナカタのパンファンには嬉しいセットです。


◆ ナカタのパン(名方製パン)

和歌山市布引774

073-444-6418

営業/10:00~16:00

休み/月・水・土・日曜日

キシモト商店 和歌山市

 和歌山市北西端に位置する加太は、美しい海岸線が続くのどかな海辺の町。港から船で20分ほどの距離にある無人島・友ヶ島がアニメの舞台になったことから、近年は聖地巡礼に訪れる人も多い地域です。

 南海電鉄加太駅から10分ほど歩いた淡島街道沿い。元は加太町役場だった大正時代築の趣ある建物で営業する「キシモト商店」。私が平日のオープン直後に訪れたときには先客がおらず、“知る人ぞ知る”ような、ひっそりとした佇まいに見えたのだけれど、休日ともなれば行列ができる人気店で、閉店時間前に売り切れることもよくあると聞いて納得。基本の品書は、あん・クリーム・きなこクリームと3種類の「あげパン」、それから「サーターアンダギー」のみ。年季の入った油入りの鍋に生地を入れて、ひとつひとつ丁寧に揚げていきます。見た目は素朴そのものだけれど、これが実においしい!あげパンの生地は軽やかで、外はさっくり、中はふわっと。具材はこっくり余韻が残る。サーターアンダギーは毎日食べたい優しい味わい。買い求めたその日に、全種類をぺろりと平らげてしまったほどです。何度でも、わざわざ訪れたいと思う名店でした。

 店の創業は100年以上前。現在は3代目の岸本英明さんが店を切り盛りしています。英明さんの祖父はかつて地域の学校給食パンも手がけ、英明さんは家でも学校でも祖父が作るパンを食べて育ちました。「母が祖父の後を継いだんやけど、そのうち揚げパンだけを作るようになった」と言います。サーターアンダギーを作るようになったのは英明さんの代からで、「沖縄出身の妻の実家の味」。もともと大阪でサラリーマンをしていた英明さん。早期退職後に沖縄で公務員の職につき、それから「あげパン屋をやってみたい」という妻の思いを叶えるため、和歌山に戻って家業を継ぎました。長年、祖父や母が作業場に立つ姿を見てきたこともあって、手さばきは軽快。自家製のあんもクリームも、変わらぬ味を守っています。

 ときどき、栗や桜と季節限定の具材も登場し、電話予約もできるそう。季節を変えて再訪し、店先のベンチでまた揚げたてを頬張りたい!

◆ キシモト商店

和歌山市加太1341

073-459-0045

営業/10:00~16:00(売り切れ次第終了)

休み/月・火曜日(月・火曜日が祝日の場合、翌日休み)

MINOES( ミヌース) 和歌山市

 猫モチーフの雑貨や食べものにまで目がないのが愛猫家。私も家族も友人も、猫好きに囲まれて暮らしていると、自然と猫にまつわる情報が集まってきます。「和歌山に、猫好きの店主が、猫のパンを作る店がありますよ」。そう教えてもらって、訪れてみたいと思っていたのですが、ようやく訪れることができました。

 和歌山港にほど近い、港湾エリアの築港で、2012年から続くパンとカフェ「ミヌース」。2026年1月に、以前の場所と同町内の新店舗に移転して、よりゆったりと、猫愛に溢れた愛らしい空間に生まれ変わりました。看板も、店内の装飾も、猫尽くし。店主が集めた猫のポスターや置物も、ふくよかなパンの香りに包まれて、なんだかとても幸せそうです。ミヌースという店名は、オランダの児童文学『ネコのミヌース』が由来です。その本も、店の片隅で、店主やパンを見守っています。

 つい猫の話に夢中になってしまいましたが、ミヌースはもちろん、パンの味も広く愛されています。店頭には惣菜パンから甘いパンまで60種類ほどが並び、食パンもハード系も、人気のパンはすぐ売り切れてしまうので、確実に購入するには事前予約がおすすめです。「チョコレートメロン(クロネコ)」、「キャラメルメロン(ミケネコ)」、「肉球ぱん(季節によって内容が変わります)」と、猫の形のパンがあるので、猫好きはもちろんですが、地域の海運関係者にも常連客がたくさん。週に2日、和歌山市内の女子校で出張販売もおこなっているので、女学生の青春の味としても親しまれています。

イートイン用のカップやポットも可愛らしいセレクト。日常のひとときでも、旅しているような心地に包まれるステキな空間。本棚から好きな本を選び、パンやお茶を味わいながら、一人ゆっくり過ごすのにぴったりです。

◆ MINOES( ミヌース)

和歌山市築港4-5

073-460-8622

営業/10:00~18:00

休み/月・木・日曜

おわりに

 お気に入りの店に出かけて、自分で選んだパンを味わう時間は、なんでもないあたりまえの1日を豊かに彩る、不思議な力を持っています。日常でも、旅の途中も、ぜひ和歌山のパン店を訪ねて、おいしさと愛おしさをかみしめる、ちょっと贅沢な時間を過ごしてください。

甲斐 みのり Kai Minori


文筆家・エッセイスト。

日本文藝家協会会員。「高野山・熊野を愛する百人の会」メンバー。

静岡県生まれ。大阪芸術大学文芸学科に進学し、卒業後に京都の小出版社や祇園の料亭で働く。現在は東京在住。旅、散歩、手みやげ、お菓子や地元パン(R)、クラシック建築、暮らしや雑貨などを主な題材に執筆。雑貨やカプセルトイのプロデュース、講演会、地自体の観光案内パンフレットの監修もおこなう。2025年5月に和歌山県田辺市の朝を紹介する『朝をたのしむ田辺さんぽ』を刊行。

著書は50冊以上。『旅のたのしみ』では、和歌山県のティーソーダ文化について触れている。『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』原案のドラマ『名建築で昼食を』には監修として携わった。

甲斐みのりの和歌山市内を巡る『パン屋MAP』

  • 焼きたてのパンの店 ローマ
  • ナカタのパン(名方製パン)
  • キシモト商店
  • MINOES( ミヌース)

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