認定10周年‼ 日本遺産「鯨とともに生きる」スポット10選
【日本遺産認定ストーリー「鯨とともに生きる」 新宮市/那智勝浦町/太地町/串本町】
「鯨とともに生きる」は令和8年4月25日に日本遺産認定10周年を迎えました。
和歌山県南東部・熊野灘沿岸の地域では、江戸時代初期から古式捕鯨が始まり、捕鯨は現在も続けられています。
地域には鯨と人の長い関わりを示す史跡も残り鯨にまつわる祭りや伝統芸能、食文化も受け継がれ、今でも捕鯨にまつわる文化を色濃く残しています。
こうした熊野に息づく捕鯨文化を伝える一連のストーリー「鯨とともに生きる」は、和歌山県初の日本遺産として平成28年4月25日に文化庁から認定され、令和8年4月25日をもって認定日からちょうど10年の節目を迎えました。
本特集では、10周年を迎えた「鯨とともに生きる」の構成スポット10点をご紹介いたします。
(全体では、新宮市/那智勝浦町/太地町/串本町の29の文化財で構成されています)
この機会に捕鯨文化の息づく魅力たっぷりの熊野へ、鯨と人の物語をたずねてみませんか。
【日本遺産とは何?】
地域の歴史的魅力や特色を通じて、日本の文化・伝統を語るストーリーを国が日本遺産として認定し、ストーリーを語る上で不可欠な文化財群を国内外に発信することにより、地域の活性化を図るものです。
現在全国に104のストーリーが日本遺産として認定されており、和歌山県では「鯨とともに生きる」を含め、7件が日本遺産として認定されています。

"鯨とともに生きる"熊野灘沿岸地域 「梶取崎」に残る古式捕鯨の史跡と鯨への祈り
黒潮の恵み豊かな熊野灘沿岸地域では古くから鯨が姿を見せており、江戸時代に入ると現在の太地町において組織的な捕鯨(古式捕鯨)が始まり、地域全体へと広がっていきました。
太地町の梶取﨑は熊野灘を沖合まで広角に見渡すことができ、古式捕鯨が行われていた時代にはこの場所に最も重要な施設である山見台を設け、春先に四国沖から紀伊半島を東に進む鯨を見張り、この岬の突端から狼煙を上げるなどして、沖の船団に合図を送り、捕鯨を行いました。
当時、沖の船団に連絡をする唯一の手段であった狼煙場の様子を今に伝えるこの場所は、「梶取崎 狼煙場跡」として、日本遺産「鯨とともに生きる」の構成文化財のひとつとなっています。
現在梶取崎は芝生の広場が整備された公園(梶取﨑園地)となっており、白亜の灯台 梶取埼灯台が建っています。
灯台頂部の、風見鶏ならぬ「風見くじら」に注目です。
梶取崎園地の一角には、我が国の捕鯨発祥の地として「鯨魂の永く鎮まりますよう」という願いを込めたくじら供養碑が建立されていて、毎年4月29日にはここで「くじら供養祭」が行われます。
400年前の古式捕鯨の史跡と、現代の鯨への感謝と祈りが同居する光景——それが、熊野灘沿岸地域が「鯨とともに生きる」地域と呼ばれる理由です。
古式捕鯨の史跡が残る熊野灘一望の岬 「燈明崎」
太地町の燈明崎は梶取崎同様に熊野灘を沖合まで広角に見渡すことができ、古式捕鯨が行われていた時代にはこの場所に最も重要な施設である山見台を設け、春先に四国沖から紀伊半島を東に進む鯨を見張り、発見すると狼煙を上げるなどして、沖の船団に合図を送り、捕鯨を行いました。
梶取崎を含め、複数の地点から鯨を見張り、沖合の船団に合図を送ることで、より正確な連絡を送ることができました。
古式捕鯨を描いた絵巻「座頭鯨網掛之図」において、当時の燈明崎から狼煙を使って沖合の船団へ合図を行っている様子が描かれています。
現在、燈明崎には昔の灯台である燈明台が復元されており、燈明崎の「燈明台跡」「山見台跡」「支度部屋跡」「狼煙場跡」が日本遺産「鯨とともに生きる」の構成文化財になっています。
かつて人々が鯨に寄せた思いを偲ぶ 「鯨供養碑」
太地町の東明寺の境内には、古式捕鯨が行われていた時代に建立された鯨供養碑が残されています。
碑には鯨の殺生の罪が許されることを願って皆で妙典(法華経)をとなえていたことが書かれており、古式捕鯨時代に建立された現存する唯一の供養碑として、かつて人々が鯨に寄せた思いをしのぶことができます。
鯨の命をいただくことに対する感謝の表れとして、供養をするという精神文化が、今なお引き継がれていることを示しており、この供養碑は日本遺産「鯨とともに生きる」の構成文化財のひとつとなっています。
豪華に飾り立てた鯨舟が水上を渡御する歴史ある祭礼 「河内祭の御舟行事」
串本町の「河内祭」は、源平の戦いに出陣し、勝利を納めた熊野水軍の凱旋の姿を伝えたものといわれる河内神社の例祭で、天保10年(1839年)、紀州藩が編纂した紀伊国の地誌『紀伊続風土記』に「日置浦より新宮迄の間に此祭に次ぐ祭なし」と記された歴史ある祭礼です。
国の重要無形民俗文化財にも指定されるこの祭りの一番の見どころは、鯨舟のように飾り立てた二隻の御船(みふね)と屋形船、櫂伝馬、獅子舞伝馬などからなる船団が川を上る「御舟行事」です。
その様子は、かつて捕鯨が地域の生活を担う誇るべき産業であったことを今に伝えており、日本遺産「鯨とともに生きる」の構成文化財にも登録されています。
また、本祭当日には花火大会が実施されます。
例年、7月の第4土曜日が宵宮、日曜日が本祭となります。
かつて熊野水軍の拠点だったと伝わる無人島 「九龍島」
九龍島は古座川河口の沖、約1㎞に浮かぶ無人島で、側にはその名の通り鯛のような形が目を引く鯛島が並んで浮かんでいます。
九龍島には亜熱帯性の豊かな生態系が広がっており、島内には大小さまざまな多数の洞窟があり、かつては源平合戦で勇名を馳せた熊野水軍の拠点だったと伝わっています。
命の危険を伴う古式捕鯨を担ったのは、この熊野水軍の末裔たちと言われています。
勇敢で団結力が強く、造船や操船技術に秀で、海の知識は豊富。また泳ぎにも長けたこのマンパワーが古式捕鯨の原動力だったのです。
また、九龍島は、熊野灘の捕鯨文化のひとつ「河内祭の御舟行事」にも関係する聖地として崇められ、国の名勝や南紀熊野ジオパークのジオサイトにも登録されているとともに、日本遺産「鯨とともに生きる」の構成文化財のひとつでもあります。
かつて鯨を見張った場所で熊野灘の絶景を眺める 「樫野崎の鯨山見」
古式捕鯨が行われていた時代は、熊野灘沿岸地域には3つの捕鯨を行う集団がありました。
太地を拠点とした太地鯨方と、古座浦(現串本町古座)を本拠とした古座鯨方、現新宮市三輪崎を拠点とした三輪崎鯨方です。
串本町・大島の岬の突端に立つ樫野埼灯台。
日本最古の洋式石造灯台の立つ熊野灘を見渡せるこの一帯が、古座鯨方が鯨を見張っていた、古式捕鯨にとって最重要な場所で、日本遺産「鯨とともに生きる」の構成文化財のひとつです。
太地町の梶取崎や燈明崎と同様に、熊野灘を沖合まで広角に見渡せるこの地で、昔の人は鯨を見張り、発見すると狼煙を上げるなどして、沖の船団に合図を送り、捕鯨を行いました。
現在山見跡に建つ樫野埼灯台の建物外側の通路から熊野灘を見渡すことができます。
古式捕鯨の様子を再現して勇壮に踊る 「三輪崎の鯨踊」
新宮市三輪崎には、鯨が育んだ文化としてかつての古式捕鯨における行事を今に伝える、鯨を獲る様子を踊りに仕立てた「三輪崎の鯨踊」が残されています。
この鯨踊は捕鯨とともにはじまり、浜で踊った大漁祝いが起源であると伝えられています。
銛に見立てた綾棒を腰に差し、両手に扇子をもち網を投げて鯨を取りまく形を表現する「殿中踊(でんちゅうおど)り」と、終始座して綾棒をかかげ、上半身のみで銛突きを表現する「綾踊り」の2曲があります。
海を表す白地に赤の鯛・黒の鯨・緑の陸を表す襦袢(じゅばん)に金色の帯姿で、熊野灘を背景に豪快に演じられます。
三輪崎の鯨踊は和歌山県無形民俗文化財に指定されているほか、日本遺産「鯨とともに生きる」の構成文化財のひとつにもなっています。
三輪崎の鯨踊は漁労加護、五穀豊穣、商売繁盛など地域の繁栄を願う新宮市の三輪崎八幡神社例大祭で披露されるほか、地域の学校の運動会などで披露されることもあります。
三輪崎八幡神社例大祭は例年9月中旬に開催されます。
無人島に残る、かつての鯨方の信仰を物語る石造物 「孔島厳島神社の石造物」
新宮市三輪崎の沖合に浮かぶ無人島 孔島はこんもり茂る緑に覆われ、すぐそばに浮かぶ無人島 鈴島とともに南紀熊野ジオパークのジオサイトに登録されています。
孔島では、夏に白い花を咲かせるハマユウをはじめ、約120種の植物を観察することもでき、鈴島のものと合わせたこの暖地性植物群は新宮市天然記念物にも指定されています。
孔島内にある孔島厳島神社境内には、かつて古式捕鯨を行っていた三輪崎や太地の鯨方が奉納した法華塔や石灯籠が残っており、日本遺産「鯨とともに生きる」の構成文化財に登録されています。
石灯籠は太地鯨方「角右衛門一類」太地与一頼任が奉納したもの、法華塔は三輪崎鯨方「御組」羽指中彦太夫、新太夫ら建立したものであり、鯨方の信仰を物語る石造物となっています。
子どもたちも参加する、今に受け継がれる捕鯨に由来する伝統行事 「鹽竈神社のせみ祭り」
那智勝浦町浦神の鹽竈神社では、毎年1月 成人の日前日の日曜日に「せみ祭り」(例祭)が開催されます。
鯨にまつわる祭りとして当神社で行われるせみ祭りでは、的に取り付けた鯨に似せた「せみ」を、「せみ子」と呼ばれる白装束の子供が引き抜き走ります。
こうした今も受け継がれる捕鯨にまつわる伝統行事が、「鹽竈神社のせみ祭り」として日本遺産「鯨とともに生きる」の構成文化財のひとつになっています。
世界遺産に残る、鯨をはじめとした様々な魚への感謝の証 「青岸渡寺の魚霊供養碑」
那智勝浦町の那智山青岸渡寺は、西国三十三所観音霊場の第一番札所として知られ、豪壮な本堂は豊臣秀吉が再建したものと伝わり、国の重要文化財や世界遺産に登録されています。
本堂に向かって左には、日本遺産構成文化財の「青岸渡寺の魚霊供養碑」が立っています。
これは鯨をはじめ様々な魚に感謝し、供養するために漁業関係者らが建立したものです。
命をいただくことに対する感謝の表れとして、供養をするという精神文化が、今なお引き継がれていることが表れています。
捕鯨文化の息づく熊野の地で”海の日本遺産”と”山の日本遺産”を楽しむ
ご紹介してきたように、江戸時代に始まり現在も続く捕鯨により、熊野灘沿岸地域には鯨と人の長い関わりを示す史跡も残り、鯨にまつわる祭りや伝統芸能、食文化も受け継がれています。
本州最南端のこのエリアには、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」を構成する熊野三山や熊野古道もあります。
”海の日本遺産”と”山の世界遺産”が織り成す魅力たっぷりの熊野へ、鯨と人の物語をたずねてみませんか。
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日本遺産「鯨とともに生きる」のPR動画はこちら
問合せ先:熊野灘捕鯨文化継承協議会事務局
〒647-8551 和歌山県新宮市緑ヶ丘2丁目4番8号 (和歌山県東牟婁振興局地域づくり課内)
電話:0735-21-9649
FAX:0735-21-9640
Mail:e1307201@pref.wakayama.lg.jp
































