熊野古道中辺路 ロングトレイルの歩き方 1日目 紀伊田辺駅〜滝尻王子(総歩行距離:24.6km)
熊野古道の代名詞ともいえる中辺路。現在は紀伊田辺駅から25km先にある滝尻王子から歩き始める方が多いですが、本来の起点は紀伊田辺駅近くにある「道分け石」です。まずは世界遺産の闘雞神社(とうけいじんじゃ)で旅の安全を祈願した後、古(いにしえ)の旅人と同じようにここ「道分け石」から壮大なロングトレイルのスタートを切りましょう。市街地の喧噪を抜け、王子跡を辿りながら次第に景色は里の風景に。舗装路中心に10km強歩くと、稲葉根王子(いなばねおうじ)に到着。かつて稲葉根王子では、身を清めるための儀式「水垢離(みずごり)」が富田川(とんだがわ)の清らかな水を用いて行われました。稲葉根王子からは、清流富田川の傍目を歩きながら滝尻王子までの道が続きます。賑やかな「街」から、人々の暮らしが息づく「里」、清らかな「川」、そして神域である深い「山」へと、徐々に景色が移ろうグラデーションを体感できるのがこの区間の最大の醍醐味です。
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- 春
- 夏
- 秋
- 冬
- 所要時間
- 1日
- 移動手段
- 徒歩

紀伊田辺駅
熊野三山を目指す中辺路の玄関口となっている駅のため、国籍を問わず、熊野古道歩きを目的とする多くの方で賑わう場所です。周辺には数多くの宿や食事処が並びますので、旅の前泊をする場所としても最適です。また、駅横には観光案内所もあるので、中辺路歩きの情報収集のために立ち寄ってみてはいかがでしょうか?
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荷物搬送サービスについて
中辺路をスルーハイクしたいけど、なるべく軽い荷物で歩きたい。そんな方にお勧めなのが荷物配送サービスです。
中辺路にはたくさんのサービス事業者があり、指定した場所(その日の宿など)に荷物を搬送してくれます。

鬪雞神社
鬪雞神社は通称「権現さん」と呼ばれ、御祭神の中には熊野三山(熊野本宮、熊野那智、熊野速玉大社)も勧請されている。三山御参詣に替えるという三山の別宮的存在で熊野信仰の一翼を負っていた。
名の由来は平家物語壇ノ浦合戦の故事によるもので、源氏と平氏の双方より熊野水軍の援軍を要請された武蔵坊弁慶の父であると伝えられる熊野別当湛増(たんぞう)が、どちらに味方をするかの神意を確認するため、神社本殿の前で赤を平氏、白を源氏に見立てた紅白7羽の鶏を闘わせたことによる。境内の一角にはその様子を再現した湛増と弁慶像がある。
- 住所
- 田辺市東陽1-1
- 電話番号
- 0739-22-0155
道分石
中辺路と大辺路の分岐点。北側から来ると「左 くまの道」と書かれており、左へ行くと熊野古道・中辺路へと進むことが記されています。
秋津王子
藤原定家の「熊野御幸記」に「秋津王子」の名が初めて登場します。秋津にあったことは明らかですが、会津川の氾濫で数度にわたって移転され、元の場所は消滅して確定できません。
万呂王子
藤原定家の熊野御幸記に、秋津王子に参ったあと「山を越えて丸王子にまいり」とありますが、現在、その山はまったく確認できません。その社地は小さい森になっていたそうですが、明治10年に須佐神社に合祀され、その後、田になってしまいました。
三栖王子
万呂王子跡から左会津川をわたり、報恩寺の山側の道をのぼると「三栖王子跡」の碑があります。現在は、潮見峠への途中にある「珠簾神社」に合祀されています。
御幸記にはミス山王子と記されていますが、すぐ側を流れる川に王子社が映って見えることから、影見王子とも呼ばれていました。
八上王子
熊野御幸記に「ヤカミ王子」と記されており、天仁2年(1109年)の藤原宗忠の『中右記』には、田辺から山を越えて「新王子社」に奉幣(ほうへい)したことが記され、この新王子が八上王子に当たるとされています。
稲葉根王子
稲葉根王子は上富田町岩田字王子谷(国道311号)の入口にあり、熊野九十九王子の中でも社格の高い五体王子で、天仁2年(1109年)の「中右記」にもその名が見え、社歴も古く、格別に崇敬されていました。 熊野街道中辺路の重要な垢離場とされた富田川の徒歩地点に近い要所に位置し、この王子で馬を捨て、川で水垢離を取りつつ対岸の一瀬王子へ渡ったといわれています。
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水垢離(みずごり)について
水垢離とは川の水を浴びることで身体の穢れを払い身を清める儀式です。かつてここ稲葉根王子では水垢離が行われていたとされていますが、現在ではその水垢離を疑似体験できる水垢離場が整備されています。

一瀬王子
「熊野御幸記」に「一瀬王子」と記され、その名は、熊野旨の垢離場であった一ノ瀬に由来します。 一ノ瀬とは最初の徒歩地点の川瀬のことで、熊野に入るためのみそぎの地。江戸初期すでに王子跡は不明になっていましたが、紀州藩の命により調査、判明し、寛文6年(1666年)再興されました。 明治40年(1906年)春日神社に合祀され、現在の境内には大樟の傍らに小祠が祀られ、一瀬王子の碑が建てられています。
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熊野ふるさと食堂しゃりはん
鮎川王子に向かう道中には地元で愛される食堂が。
古道歩きで疲れた体へのパワーチャージにぜひお立ち寄りください。

鮎川王子
『熊野御幸記(くまのごこうき)』には「次にアイカ王子に参る」とあり、この王子が鮎川王子に当たります。鮎川王子社は明治7年(1874年)に対岸の住吉神社に合祀され、本殿も移築されました。その跡地は明治22年(1889年)の大水害等により変動しましたが、鮎川新橋の北詰付近とされています。
滝尻王子
熊野九十九王子の中でも特に格式の高い「五体(ごたい)王子」の一つとして重視された王子。
熊野御幸(くまのごこう)の道中、宿所が置かれ、盛大な歌会(うたかい)などが催された場所で、『中右記』には「初めて御山(みやま)の内に入る」とあり、ここが熊野三山の結界(霊域の入り口)とされた要所であることが分かります。
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熊野古道館
滝尻王子の向かいにある、熊野古道等の観光案内や歴史紹介を兼ねた休憩施設です。
観光案内・ビデオ語り部・歴史展示・休憩・グッズ販売の5つのコーナーがあり、駐車場やトイレもありますので、ウォークの拠点施設としてぜひお立ち寄りください。

本日の宿泊
滝尻王子周辺のお宿はこちらからご確認ください(送迎をしてくれる宿などもございます)。














