高野参詣道ロングトレイル1日目 町石道:九度山駅〜大門(約20km)
聖地高野山への表参道である町石道(ちょういしみち)は、弘法大師・空海が高野山を開山して以来、信仰の道とされてきました。
その道しるべとして約109m毎に建てられたのが「町石」で、高さ3mを超す五輪塔形の石柱が、高野山の壇上伽藍を起点として慈尊院まで180基、弘法大師御廟まで36基建てられています。その8割以上が鎌倉時代に建立されたもので、今なお昔の面影を残しています。
九度山駅を出発して、まずは慈尊院に到着。慈尊院は女人禁制で高野山に入ることができなかった空海の母君が、晩年移り住み息子のために願いを捧げていた場所。現在でも、子宝、安産、育児、授乳、良縁、病気平癒を願って、乳房型の絵馬を奉納する女性が多く訪れています。
慈尊院に参った後は、109mごとに建てられている町石に導かれるように、空海も歩いたという歴史の重みも感じながら山道へ。1.6kmほど歩くと、紀の川方面を一望できる展望台に到着。この辺りは、柿の産地としても有名で周辺は柿畑が広がります。その後、杉林の中に入ると比較的平坦な地道が続き、丹生都比売神社との分岐点の六本杉へ到着。古峠、笠木峠などを経て焼きもちが名物の茶屋がある矢立に到着。
矢立から町石道は高野山の入口「大門」に向けての登りにさしかかり、袈裟掛石、四里石などを経て12町石からは最後の急登に。そこを登りきるとついに大門が。険しい町石道を登りきった者を讃えるかのごとき勇壮な大門の姿にきっと大きな感動を味わうことでしょう。
- 春
- 夏
- 秋
- 冬
- 所要時間
- 移動手段

慈尊院
古来より女人高野として知られる寺院
弘法大師空海が高野山を開創する際に表玄関として創建された寺院。ここは高野山一山の庶務を司る政所としての役割を果たし、高野山への宿所や冬期の修行の場ともされていました。当時の高野山は女人禁制であったため、弘法大師の母は高野山を訪れようとした際に入山できず、ここ「慈尊院」に住まわれました。弘法大師は高野山から20数キロもの山道を下り、月に9度母を尋ねたことから、この地名は「九度山」と称されるようになりました。
慈尊院は「女人高野」ともいわれ、高野山が女人禁制だった時から多くの女性が参拝した歴史があります。現在でも、子宝、安産、育児、授乳、良縁、病気平癒を願って、乳房型の絵馬を奉納する女性が多く訪れています。弥勒堂横に鎮座する約100体ものお地蔵さまにもぜひお参りしてみてください。
- 住所
- 伊都郡九度山町慈尊院832
- 電話番号
- 0736-54-2214
- 営業時間
- 8:00〜17:00
展望台
歩いてきた街並みと紀の川沿いに広がる市街地の景色を一望できる展望台。ベンチもあり、休憩にもぴったりです。
六本杉
137町石を過ぎた後に現れる分岐。丹生都比売神社への分岐にもなっている場所です。
古峠(ふるとうげ)
峠にちょうど124町石が立っています。ここから上小沢駅へ向かうことも可能です。
二ツ鳥居
笠木峠(かさぎとうげ)
高野山は高地で寒冷な気候であり、急斜面なども多かったため、食物の栽培に適しておらず、生活に必要な物資は麓の集落から運ぶ必要がありました。
高野山に続く道路が舗装されるまでの長年の間、人々は町石道のような狭い道を通って山を登るしかなく、その中でも笠木峠は道中の重要な中継地であり、近くの笠木村の住民は、人夫や案内人として生活必需品や奉納する品を運び、労働力を提供しました。
矢立(やたて)
笠木峠から3km弱歩き、国道370号を渡って到着するのが矢立です。トイレやベンチ・茶屋もあり、一息つくのにぴったりの場所です。
特に矢立茶屋では、高野山花坂名物のやきもちを購入することができますのでぜひご賞味ください。
袈裟掛石(けさかけいし)
弘法大師空海が袈裟を掛けて休息をしたと言われている石。
この石から先は高野山の清浄結界とされています。
大門
12町石手前から始まる最後の急坂を登って辿り着く大門。
高野山の入り口にそびえる朱色で鮮やかなこの門の高さはなんと25.1メートル。
歩いて辿り着いた後に見るこの大門の美しさは筆舌に尽くしがたいものがあります。
本日の宿泊
この日は宿坊に宿泊しましょう。
宿坊については下記で解説していますのでぜひご確認ください。













